仕事のやりがいが感じられない

【鈴木】実は私も、流通の仕事がしたくて、この業界に入ったわけではありません。

私は中央大学経済学部に通っていたころ、一時、全学自治会の書記長を務め、学生運動にかかわったため、いわゆるブラックリスト(要注意人物リスト)に載せられ、通常の民間企業への就職はほとんど道が閉ざされてしまいました。そこで、つてをたどって、出版取次大手のトーハンに何とか入社します。

20代の後半、私はトーハンの広報課で「新刊ニュース」という広報誌の編集を担当し、毎日、何十冊もの新刊に目を通しては書評にまとめる仕事に明け暮れました。部数は5000部です。増やしたくても、上司はその気がありません。

こんなに苦労してつくっているんだから、もっと多くの人に読んでもらいたい。そう思って、読書家も息抜きができるような軽めの読み物を増やし、判型も変え、無料配布を有料にする改革案を提出しました。上司に反対されたものの、社長の目にとまって、何とか実現にこぎ着け、部数を13万部へと伸ばします。

出版取次業の強みで版元を通せば、どんな大作家、有名人にも登場願えました。ほとんどマスメディアに出なかった晩年の文豪、谷崎潤一郎さんにも女優の淡路恵子さんとの対談を引き受けていただきました。

ところが、次第に自分の生き方に対して悶々とした思いがわき上がります。著名人に会えるのは、トーハンがバックにあるからで、実力でも何でもない。自分の小ささや物足りなさを感じるようになりました。

そんなとき、マスコミ関係者と一緒にテレビ番組制作の独立プロダクションをつくる話が持ち上がります。娯楽の主役はテレビに移りつつありました。「これはやるべき価値がある」。そのスポンサー探しで訪ねたのが、友人が出入りしていたイトーヨーカ堂でした。「うちへ来てやってはどうか」と経営幹部から誘われ、30歳で転職を決意します。