視点3「ビジョンを語る」~週に1度の全社会議と100年ビジョンの策定

第3の視点は、「ビジョンを語る」です。近年の経営学では、社員の意識変革には、長期ビジョンを示すリーダーシップが重要なことが示されています。創業から半世紀以上、公衆電話と通信機器の部品をひたすら作ってきた会社で、突然入った社長の息子に「これからは航空宇宙だ」と言われても、社員の気持ちはついていけません。そこで大坪氏は、従業員が自らの意思で航空宇宙へ挑戦しようと思うこと(=内発的動機)を高めることに注力します。

大坪氏はまず工場の2階をリフォームし、会議室を作りました。そして、毎週月曜日の朝に1時間の全体会議を開き、毎回パワーポイントの資料を用意して、自分が学んだ航空・宇宙の知識を社員にレクチャーしながら、今後の事業展開を語ったそうです。

それをひたすら繰り返すことにより、社員に、航空・宇宙部品を作ることが既成事実として刷り込まれます。そして社員の内発的動機が「精度の高い製品を作る」というものから、「ジェットエンジンの重要部品を作る」、「高品質の宇宙開発部品を作る」という大きなものへと変わります。

さらに大坪氏は、社員と意見交換しながら、2年間かけて同社の「100年ビジョン」を策定しました。それは「創業から100年後の2050年には、世界の紛争問題、環境問題、エネルギー問題、医療の問題などが解決していて、そのどこかに由紀精密の技術が要素技術として使われている状態にしたい」という壮大なものです。じつは由紀精密の「由紀」は「幸」を別字にあてたもので、「みんなを幸せにする」という意味が込められているそうです。先々代の創業から引き継いだ理念を、明確な目標にしたことで、さらに内発的動機を高めています。

先代や古参社員との摩擦がなかった

興味深いのは、先代や古参社員との摩擦などは一切ないということです。大坪社長の性格はとても穏やかで、社員に対して怒鳴ったりしたことは一度もないそうです。

大坪社長は変革を成功させるために「今がダメだから変えなくてはいけない」という考えでは駄目だと言います。会社の歴史と技術を尊敬し、今の素晴らしさを認識した上で、事業領域を変えたり、他の技術と掛け合わせて、新たな価値を生み出すことが第二創業には欠かせないのです。

【由紀精密】本社所在地:神奈川県茅ヶ崎市、従業員数:30人、社長:大坪正人。1975年生まれ。東京大学大学院修了後、インクスを経て2006年に同社入社。業績:公衆電話などの電機部品が9割だった売り上げ構成を、航空・宇宙・医療で5割に変え、業績を回復させた。2016年度の売り上げは3億4000万円の見込み。
編集部より:
「発掘!中小企業の星」は、成長を続ける優良企業を取り上げて、その強さの秘密を各界の識者が解説する、雑誌『PRESIDENT』の連載記事です。現在発売中の『PRESIDENT10.17号』では、広島県府中市の企業「松岡家具製造」を紹介しています。PRESIDENTは全国の書店、コンビニなどで購入できます。
また、プレジデントオンラインでは本連載で紹介する、注目の中小企業を募集しています。詳しくは本記事の1ページ目をご覧ください。
 
(構成=嶺竜一 撮影=的野弘路)
【関連記事】
「下町ロケット」発見! 元東芝下請け町工場の小さくても生き残る道
浜野製作所「江戸っ子1号からベンチャー支援へ」どん底からの復活
地方創生! なぜ日本を支える「中小企業」に期待するのか
「1枚の紙を夢の形に!」印刷会社“起死回生”の紙技
「曲がるかご」「曲がる皿」「曲がる花器」……弱点を逆手に売り上げ10倍増