「最初に、400円から280円への値下げ(01年)の話からすると、当時はデフレ基調で、価格がお客さんの志向性の中で大きなウエートを占めてきていたので、価格をマーケットの要請にアジャストしなければならなかった。あくまでも品質、サービス、利益を守りながら、値下げによるバリューアップを図るという、二律背反の取り組みを行ったわけです」

吉野家は280円という価格を実現するために、スペース・プロジェクトを実施している。280円への改定を梃子にドラスティックな改革を断行したわけだが、材料の変更や人員削減によって低価格を実現するのではなく、280円での提供が可能なように、企業体質を根こそぎ変えてしまおうという発想が、すごい。

「お客さんの期待を裏切らないのが、うちのトップ・プライオリティーですから」

だが、280円への改定は、流通のプロたちから冷ややかな目で見られていた。マックは、1994年にハンバーガーを半額以下の100円に値下げして売り上げを伸ばしたが、それは、半額以下になったことで2つ3つと買っていく人が増えたから。牛丼を値下げしても、2つ牛丼を食べる人はいないだろう……。

「その辺はものすごく臆病になるし、仮説ってものほどアテにならないものはないから、仮説検証に相当ボリュームをかける。280円のときは、4タイプの価格実験を30店舗以上でやったかな。粗利が一番大きくなる合理的プライスポイントは一直線には出てこなくて、跛行性がある。たとえば、270円と280円で客数は変わらないが、290円と300円の間には壁がある。つまり、とびとびに出てくる。その中から、あるレンジに収まる価格を選び出すのです」

こうした地道な積み上げが奏功して、客数は約3倍に増加。1日80万食を売り上げて、牛丼は“国民食”の名をほしいままにするようになった。では、なにゆえ復活牛丼は380円なのか?

「ブランクがあるから一挙に100円アップと受け取られるのでしょうが、素材も人件費も店舗の賃料もすべて上がっているから、販売が継続していればとっくに300円台になっていたのです。しかも、USビーフの価格はいまだ変動含みだから、本当につけられる値段は400円台。でも、初動だし、280円のイメージが強烈だから、何とか400円レンジより低いサンパチに収めようと、今回は、そうした値上げ含みの値付けです」

つまり380円は、コストプッシュを理由とした必然的な値上げと見るべきなのだ。値上げはコストの積み上げによって答えが出る世界。一方、値下げによる増益は仮説の世界。だから安部社長は、値下げのときこそ「臆病になる」のだ。

【吉野家 DATA FILE(1)】

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牛丼価格(並盛単品)の変遷(1966年~現在)
この10年で「安い」をより重視し値下げ断行

創業当時は「早い、うまい、安い」を掲げていたが、ここ10年は「うまい、安い、早い」に変化。280円への価格改定により、来客数2.8倍、売り上げ1.6倍に(前年同月比)。復活牛丼の380円は、緻密なシミュレーションに基づく(松屋は350円)。

(鷹野 晃=撮影 ライヴ・アート=図版作成)