孫 正義●1957年、佐賀県生まれ。16歳で単身渡米、80年、カリフォルニア州立大学バークレー校を卒業。米国で起業、帰国後はその企業を売却した資金で日本ソフトバンク(現ソフトバンク)を設立。

日本史上、もっとも苛烈に革新者としての道を歩んだのは、信長であろうが、現在のこの国で、苛烈な革新者としての道を歩み続けているのは、間違いなく孫正義である。一代で財をなす起業家は、いくらでもいる。しかし、彼のように常に新しい領域に挑戦し、世の中にインパクトを与え続けている起業家は、ほかにいない。毀誉褒貶はある。しかし、それでも彼が、自己のビジョンの実現に向けて疾走し続けている革新者であることは、誰も否定できないことだろう。

革新者であり続けることは、並大抵のことではない。旧勢力の妨害工作もあれば、危ない橋を渡らねばならないことも、何度となくあるだろう。次々と押し寄せるそうした困難を乗り越えるには、知略だけでなく、不安に抗し、高い精神エネルギーを維持する、高度な感情知能(EQ)というものが必要になってくるはずである。

では、革新者を支えるEQとはどのようなものなのか。

その第1は「状況は自分の力で変えることができる」という信念の強さである。やるべきことをやれば、変えられないことなどない。そう信じる心である。

10代の孫正義に、そうした信念がすでにあったことを示すエピソードがある。

日本の高校を中退し、アメリカの高校(4年制の2年)に編入したとき、彼はいきなり大学入学の検定試験の受験を学校に申し出る。これだけでも相当な話だ。しかし、驚くべきはその先である。試験の際、あまりの問題量の多さに、時間内ではとてもこなせないと思った彼は、試験官に辞書使用と時間の延長を認めるよう頑強に要求し、ついにはこれを認めさせてしまうのである。人が作った規則を人が変えられないはずがない。そんな信念の萌芽がうかがえる話である。

孫正義における「革新者の資質」
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孫正義における「革新者の資質」

だが、こうした彼のやり方は、時に強引なものと世間の目には映る。彼の伝記を読むと、創業当初から、初対面の相手に「独占権をくれ」と連発していることがわかるが、この厚かましさは、常人には到底理解できない。反感を買うのも当然ではあった。

しかし、彼はそんなものに動じるタイプの人間ではなかった。それどころか、持ち前のその厚かましさを徹底行使することで、彼はソフトバンクをここまでに育て上げてきたのである。

ここで、革新者の第2の資質が明らかになる。それは「他人の評価や自分に向けられた感情によって影響を受けない」という点である。世間から「善い人」と思われようとして、既成の秩序を壊すことなどできるはずもない。孫の言葉を借りれば「人の目を気にして生き方を変える必要も、有頂天になる必要もない」という思い定めが、革新者には必要なのだ。

革新者は情熱の人だ。だが感情の人ではない。自分の内面にある不安にも、また他人から自分に寄せられる感情にも振り回されない。そういう者だけが革新者としての生を生き続けられるのである。