「郭台銘以上に郭台銘」な男

中華圏のビジネスマンは、郭台銘の「テリー・ゴウ」のように欧米向けのイングリッシュネームを名乗る例が多いが、戴正呉は公的にはイングリッシュネームを使っていない。代わりに鴻海の社内でよく使われる呼称が、日本語をそのまま中国語読みした「戴桑(たいさん)」だ。総裁の郭台銘自身、親しみを込めて話すときは彼を「たいさん」と呼んでいるようである。

ほか、派手さがなく堅実な性格と、危なげなく仕事を進めていく姿勢から「鴻海の徳川家康」、日本通の経歴から「日本先生(ミスター・ジャパン)」といった呼び名もある。いずれも日本に関連したニックネームだ。鴻海の中国での本拠地である深センの龍華工場の区域外にみずから日本料理店を開店させ、その店で日本からの顧客を接待しているという。

一方、こうした微笑ましいエピソードとは対照的に、戴正呉の仕事ぶりは凄まじい。彼の別のあだ名は「郭台銘の分身」なのだ。台湾の経済紙の記述を以下に引用しておこう。

“多くの人は彼(戴正呉)と日本との深いかかわりから「鴻海の徳川家康」というあだ名で呼んでいるが、実のところ、彼の本質は「日本版の郭台銘」といった言葉で形容すべきではない。なぜなら、彼は郭台銘以上に郭台銘(らしい振る舞いをおこなう人物)だからだ”(『今週刊』「戴正呉將是夏普最氵冗默的改革者」)

同記事は、「1日16時間働く」郭台銘に対して、常に郭よりも1時間早く出勤する戴正呉は「1日17時間以上働く」男だと述べる。鴻海の最高幹部会議は毎日朝8時から始まるが、戴正呉はその1時間以上前に自身が統括する事業グループの早朝ミーティングを開くのが常であり、こうした勤務姿勢は30年あまりにわたり変わっていないそうだ。

鴻海が手掛けるEMS(電子製品の受託生産)事業はもとより利幅が薄いビジネスであり、郭台銘はコストカットの鬼として知られている。EMS業界専門誌『EMSOne』編集長の山田泰司氏が日経ビジネスに寄稿した記事によれば、戴正呉はこの郭のコストカット指示の「最も有力な執行者」であるという。

戴正呉と仕事をともにした経験を持つ、鴻海のある最高幹部関係者がいる。私がこの人物に戴正呉の個性を尋ねてみた。

「管理職としての戴正呉氏は、独自の考えを仕事に落とし込んでいくタイプなのか、それとも郭台銘氏の言葉に常に従い、郭氏が方向を変えれば常にそれに付き従うタイプなのか、どちらでしょうか?」

すると、彼は言葉少なながら以下のように答えてくれた。

「……後者です。戴正呉氏に限らず、鴻海の人間は全員がそうなのですが」

鴻海の社員に要求される最も重要な「能力」とは、絶大な権力を持つワンマン経営者・郭台銘の意向を常に汲み取り、その要求水準を上回る形で常に実現させることだ。組織のナンバー2である戴正呉は、全世界で100万人を超える鴻海の全従業員のなかで、その能力が際立って高い人間の1人なのである。

仮に私人としての戴正呉が温和な性格の持ち主であったとしても、彼が苛烈な郭台銘の考えを最大限に拡大して実行し続ける存在である以上、その管理下にある組織は鴻海グループのなかでも最もハードな働き方を常に要求されることとなる。

シャープの新社長に就任したのは、そんな人物なのだ。