なぜ、医師が「訪問診療」の進出を阻むのか?

在宅医を求めている人にとって、訪問診療を行なう事業所があるというのは朗報です。しかし、その存在はあまり知られていません。訪問診療事業の進出を阻む存在があるというのです。

「地元の医師会です」とIさんは言います。

「在宅介護も含めて地域医療を良くするための仕組みづくりに熱心に取り組んでいる医師会もたくさんあります。が、中には閉鎖的なところもあって、新規参入の訪問診療事業者を医師会に入れないケースがある。医師会に入っていなければ信用は得にくく、必要としている患者さんに知られることも少なくなるわけです」

在宅医を求めている要介護者やその家族にとっては地元医療業界の内情など関係ありません。かかりつけ医の協力を得られなければ、ネットで検索して事業所を探し、サービスを頼めばいいでしょう。

そうして在宅医を確保しても、自宅で看取りをするには、まだハードルがあります。

「ふたつ条件があります。ひとつは同居する家族がいること。いうまでもなく、看取りの場には家族がいる必要があります。もうひとつは24時間対応の訪問看護師のサービスを受けていることです。在宅医は他の患者を診る必要があって、いつでも来られるわけではありません。深夜に病状が急変したケースでは、まず訪問看護師を呼ぶ。看護師は看取りこそできませんが、医師と連絡を取りながら一定の範囲内の医療行為はできますし、経験上、患者の状態を把握できます。その間を看護師がつないで、いよいよという時に医師を呼ぶわけです」

これだけの環境を整え、条件を揃えなければ自宅での看取りはできないということです。

また、こうした事情とは別に家族の意識が自宅での看取りを阻んでいるともいえます。近代化の流れや医療の発達にともなって、死は人から遠ざけられました。肉親であっても死期の近づいた人間が日常の場にいることが受け入れがたく、医療設備が整い医師という専門家がいる病院の方が安心、という意識が働く。病院で死ぬ人が8割で、自宅で死ねる人が1割しかいないのは、そのためでしょう。

厚生労働省が推進する地域包括ケアシステムは、「治療の場は病院完結型から地域完結型へ」の転換を図り、「住み慣れた地域でその人らしく最期まで」を目標とするテーマにしたものです。加えて医療費を抑制する目的から、2038年には病院以外の「在宅死」を40%まで引き上げたいとしています。しかし、現状を見ると絵空事としか思えません。

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