鯉と飯を40年かけて発酵させた熟鮨

われわれは食べないと生きていけない。そして食べ物として世の中に出回っているものは、空腹でさえあればたいていおいしい。たとえばくさやのようにひどい悪臭を放つものであっても、いややたらと臭いものほど、よくよく味わえば心震える美味を発し、そして体にとびきりの滋養をもたらす。うまいものは体にいいということなのか、あるいは体にいいものをうまいと感じるように研ぎ澄まされてきたのが、われわれの味覚なのか?

『小泉武夫のミラクル食文化論』小泉 武夫(著) 亜紀書房

などと考えさせられた読後、たぶん遠くに行きたい気分がムクムクと膨らむはず。なにしろこの本には、世界中の「思い切って食べたらきっとうまいに違いない食べ物」が、随所に出てくる。

たとえば、著者が中国・雲南省で食べたという鯉の熟鮨(なれずし)。なんと40年前に仕込んだものだというから驚く。乳酸菌が腐敗を防ぐのだというが、それにしたって40年前の鯉と飯を食べるというのはどんな気分なのだろう。

「(現地では)長男が生まれると鯉を村人からいっぱい買って熟鮨を仕込むんです。そして結婚したとか、子どもが生まれたとか、成人したとか、遠くからお客さんが来たとか、自分の人生の晴れ舞台にこの熟鮨を食べるのです」

国内勢では青森のアケビの熟鮨が印象深い。山ブドウの搾り汁にご飯を入れ、アケビの皮に詰める。そのまま二ヶ月ばかり発酵させると、「アケビの皮のところがシコシコして、ご飯のところはネチャネチャして甘酸っぱい」熟鮨が出来上がる。成分を分析したら、すべてのビタミンが入っていたという。この「雪深い冬を乗り切るための知恵」が形を結ぶまでの試行錯誤と費やした年月を思うと、気が遠くなる。