渋谷に本拠を置く國學院大學の赤井益久学長と渋谷区長の長谷部健氏。人と社会に貢献する組織のトップが今後のビジョンや、その実現に向けたリーダーシップなどを語り合った。

自分が住む街にプライドを持つ

各現場の知見を生かし、常に全員のベクトルが一致するよう努めています

赤井益久(あかい・ますひさ)
國學院大學 学長

【赤井】國學院大學の基本にある神道では、地元とのつながりをとても大切にします。本学が渋谷へ移って、今年で93年となりました。もうすっかり渋谷の地とつながり、深いご縁を感じています。

【長谷部】私は原宿で生まれ育ち、もうじき45年です。年齢とともにシティプライドが芽生えてきて、昨年、この仕事に就きました。渋谷は守るべきところを守る一方、ストリートカルチャーの発信地としても上手に成長してきた街だなと感じています。

【赤井】雑多といってしまいそうなほどの渋谷という街が持つ多様性も、魅力の一つに映ります。その渋谷区では現在、基本構想の改定に向けて検討なさっていますね。

【長谷部】はい。これからはロンドン、パリ、ニューヨークとも肩を並べる成熟した国際都市を目指したいと考えています。成熟とは、急激に変わることではありませんよね。新しいものを生み出しながらも、街の歴史や成り立ちを踏まえ、すでにあるものを充実させてバランスをとっていく。そして、成熟した国際都市の大事な条件は、シティプライドを持って暮らせることだと思います。

多様化の時代に重要性を増す「標」

目指すリーダー像はスイミー。一人一人が役割を果たす中でその先頭を切りたいですね

長谷部健(はせべ・けん)
渋谷区長

【赤井】とても共感を覚えます。大学は研究教育機関として、成熟した人間を育てる場です。その使命を果たすには、まず学生が自信とプライドを抱けるように導かなければなりません。卒業を迎えたとき、大人になったことを学生自らが実感できるような教育の実践を心がけています。

【長谷部】学生の皆さんには子どもたちが憧れるような、かっこいい大人になってほしいですね。

【赤井】ちょうど本学も、研究教育の基本構想にあたる次期の中期計画を策定中です。人文科学系大学の「標(しるべ)」、つまりモデルとなるべく、それにふさわしいクオリティの維持、向上を目指す内容にしたいと検討しています。今日、多様な価値観や背景を持つ学生が入学するようになりました。そのうえ社会の先行きは不透明。大学業界も標を必要としています。新しい中期計画では、学生や保護者や教職員、社会に対して、明確な考え方やビジョンを示していきたいと考えています。

【長谷部】渋谷区基本構想の改定は、実に20年ぶり。これまでの成果を担保しつつ、より時代に合った構想を描こうとしています。答申では区の未来像を「ちがいを ちからに 変える街。渋谷区」と表現しています。例えば、障がい者に健常者が手を差しのべるのではなく、互いに混じり合う街です。健常者が、自分はマジョリティの一人のつもりでいるとしても、視点を変えればマイノリティの一人かもしれません。なのにマジョリティ側にいると、とかくマイノリティ側のことが分からないものです。基本構想では、そうした人々の意識の変化も目指します。

【赤井】成熟した街づくりには、民意の広がりが不可欠ですね。本学の学生たちも、成熟した街の民意をなす一員として、行政と教育の相乗効果でより素晴らしい大人へと育まれていくはずです。街から受けた影響は、おそらく卒業して何年も後に自覚され、そのとき自分自身に「渋谷育ち」というブランドを感じることでしょう。

多彩な個性が行き交う渋谷。成熟した国際都市へ、行政と大学がビジョンの実現へ動き出している。

全員を同じ方向へ導けるリーダーに

【赤井】構想や計画を練って実現していくには、お互いリーダーシップを問われますね。大学も決して小規模な組織ではありません。全体を動かすには、各現場の知見を生かすことで正確に問題点の急所を把握し、解決に導く必要があります。計画の実現には、絶えず同じ話をすることで教職員全員が理念や問題を共有し、常に全員のベクトルが一致するよう努めています。

【長谷部】なるほど。私は区長になってまだ1年少々。分からないことは正直に分からないといい、職員はちゃんと説明してくれています。企業とNPOでの経験も生かし、人の体にたとえたら、急なダイエットに走らず、まず血行をよくしようという段階。目指すリーダー像は……小学生のころ国語の教科書に載っていた、スイミー(※)かな。小さな魚たちがマグロに食べられないよう、みんなで大きな魚を形づくって泳ぐ。スイミーはリーダーです。一人一人が持ち場で役目を果たしながら前へ進み、私はその先頭を切りたいですね。今後も渋谷の街は変わっていきますが、日本の伝統文化は我々の基礎。成熟した国際都市の基礎でもあります。ですから率直な希望として、日本文化を重んじる國學院大學さんには、ずっと変わらずにいてほしいですね。

【赤井】ありがとうございます。目指す方向が一致した対談になりました。本学は地元への貢献も、より積極的に考え実行していきます。

※『スイミー』はレオ・レオニ(オランダ生まれ)作の童話。