近年、いよいよ明確になる気候変動や環境破壊の影響を前に、私たちは何ができるのか。企業CSR、サステナブル投資、エシカル消費など多彩な視点から持続可能な社会づくりへの提言を行う大和総研調査本部主席研究員の河口真理子氏に話を聞いた。

企業にとっても、気候変動が“経営リスク”に

台風10号が東北に上陸し、各地を集中豪雨が襲うなど、この夏も全国で異常気象が頻発した。これらは一過性の現象ではなく、地球レベルの気候変動が影響したもの──。環境問題に詳しい大和総研調査本部主席研究員の河口真理子氏は、そう説明する。


出典 EM-DAT The OFDA/CRED International Disaster Database

「昨年公表されたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)第五次評価報告書では、海面上昇や大都市での洪水、インフラ機能停止、食糧不足、海洋生態系の損失などの八つが、気候変動による将来のリスクとして挙げられています。そして実際に、2008年から12年の天災による経済的損失額の平均は、その直前の5年間の平均値の1.5倍を超えるという調査結果も出ている(図版)。こうした状況のもと、グローバル企業は気候変動を重要な経営リスクととらえるようになっています」

人間の経済活動はすべて、自然界から得られる限りある物質を素材に、自然界のエネルギーを使って行われている。これは農業や漁業に限らず、石油や鉱石を原料とする工業などでも同じだ。しかし現在の経済システムのなかでは「空気や水は無料・無限」といった考えのもと、その事実は忘れられがちだったと河口氏は指摘する。

「自然の恵みは言うまでもなく有限で、地球の熱吸収作用や自浄作用にも限界があります。ところが森林やサンゴ礁が提供するCO2吸収機能や生物の住みかとしての機能は経済的に評価されず、結果として毀損が進み、私たちの日常生活にも影響が及んでいる。そこでこれ以上自然にダメージを与えて金の卵を産む鶏を殺すような行為を防ぐため、“自然資本”という考え方に注目が集まっています。これまで経済的に認められてこなかった自然が生む価値を貨幣という形で見える化し、CO2排出権などのように経済システムに組み込むことで、経済活動そのものを変えることを目指すわけです」

世界的な脱炭素化の動きを“見極める目”が後押しする

この9月には米中両国が日本に先んじてパリ協定を批准。世界では脱炭素化の動きが顕著になっている。

「サステナビリティ(持続可能性)が問われる状況のなかで、従来は企業による自発的な取り組みだったCO2排出量の開示を、企業の重要な財務指標として制度化する動きが世界で進められています。環境への影響を無視した行動は経営リスクだと見なされ、投資家が投資先を選ぶ際の判断基準にもなっていますね」(河口氏)

日本企業でも、製品の開発・生産や事業運営など、多方面から環境負荷の低減に向けた努力が重ねられてきた。

「現場の技術者の真剣な努力により、多くの製品で省エネ化が進み、消費者の側でも省エネ製品を選ぶという行動が特別なものでなくなりました。ただ、震災直後の危機感が薄れた今、社会では環境全般の話があまり話題に上らなくなっているとも感じています」

気候変動や環境破壊といったテーマは、自分の生活とはかけ離れた印象もある。しかし、実は一人一人の消費者の行動が地球環境に影響を与え、地球環境のあり方は自らの暮らし全体に直結する。例えば製品を購入する際にも、提供企業の姿勢を見極めることが重要だと河口氏はいう。

「なかには事業活動で発生するCO2排出量を10年間で9割削減するなど、すさまじい努力をしている企業もあります。そうした各社の取り組みや製品の情報はネット等で公開されていますから、CO2排出量や有害化学物質の排除、資源保護、リサイクル性など、製品のライフサイクル全体を見て総合的な判断を行い、製品の購入や投資を決める。そうした選択が企業の環境への努力を後押しすることになると思います」

自立した考える消費者を目指す

意識を変えるきっかけとして地球環境という視点から物事を考え直してみることも有効だと河口氏は助言する。

「最近のタマネギをはじめとする野菜の価格の急騰は、北海道や東北などへの相次ぐ台風の被害が原因といわれています。そうした地球環境と日常生活のつながりを実感できれば、考え方や行動も変わっていくはずです。そして家事などを行う際は、リデュース、リユース、リサイクルを心にとめて適正な技術・方法を選んでみる。例えば最近、和ほうきを買う若い人が出てきているそうです。フローリングのワンルームをさっと掃除するなら、確かに掃除機を持ち出さなくても十分ですよね。もちろん彼らはスマートフォンなどの最先端技術も駆使しながら、自分の目的やライフスタイルに即して必要かつ十分な方法を選んでいる。各種シェアリングサービスの人気を見ても、若い世代のほうがそうした意識の面では進んでいると感じます」

今後は暮らしのなかでも必要に応じて、最先端とローテクの融合が進むと河口氏は予測している。

「私の実家では2000年頃から、当時は少数派だった太陽光発電システムなどの省エネ設備を活用しています。その効果は歴然としていて、節電についての意識もずいぶん高まりました。最近、真夏の電力危機が叫ばれることが少なくなりましたが、太陽光発電など省エネ設備の導入が進んだこともその一因だと考えています。また、自宅で必要なエネルギーをまかなうというのは、いざという時のリスク回避にもつながる。例えば今後天災などで交通が分断され、食料が不足し、生活インフラが止まるといったリスクが現実化する可能性はゼロではありません。自立した消費者として、万一の際に対応できる準備をしておくことは重要だと感じています」

地球環境の現状に対し、個人の立場からできることは少なくない。だからこそ新しいエネルギー、自然環境との関わり方をもう一度考え直してみてはいかがだろうか。

製品のライフサイクル全体を見て購入や投資を決めることが企業の環境への努力を後押しする

河口真理子(かわぐち・まりこ)
株式会社大和総研 調査本部 主席研究員


1986年、一橋大学大学院経済研究科修士課程修了後、大和証券に入社。91年より大和総研企業調査部。大和証券グループ本社CSR室長および大和総研環境・CSR調査部長などを経て2012年より現職。