日本から10年以上遅れて、タッチ&ペイの文化が米国に伝わった

Suicaのサービスが日本で2001年に開始されて以来、「タッチ&ゴー」を標語にICカードを改札の読み取り機に“タッチ”して通過したり、店頭のレジに置かれた読み取り機にかざしてして支払いを行ったりするのは、すっかり身近な行為になった。2004年には携帯電話にこうした電子マネー機能を搭載し、カードの代わりに携帯電話を“タッチ”することで決済を行う「おサイフケータイ」が発表されている。“携帯電話をタッチして決済”することも、日本人にとっては日常の光景である。

しかし、これは日本だけの特殊な環境だった。Apple Payのサービスは2014年10月、米国で始まっているが、それまで米国では“携帯電話をタッチする”という文化がほとんどなかったので、2014年当時筆者が米国のマクドナルドやセブンーイレブンなどで、NFC(Near Field Communication)という非接触通信の仕組みを使って携帯電話による決済をしようと端末を読み取り機に近付けると、店員にいぶかしげな顔をされたり、取り扱いを拒否されてしまうことも少なくなかった。

米国でApple Payを使っている様子。小売店レジ横に置かれたこのような端末に、Apple Pay対応のiPhoneをかざしてお金を払う。

「携帯電話で“タッチ”する」という文化があまり発達していなかった米国だったが、Apple Pay登場以後は特に都市部においてそれほど珍しい光景でもなくなり、調査会社のデータによれば2016年時点でiPhoneユーザーの4人に1人は「Apple Payによる決済を試したことがある」のだという。米国でのiPhoneのシェアが3割強あることを考えれば、人口の1割弱程度はApple Payの仕組みに触れているわけで、これは非常に注目すべき数字だと考える。

もともと、Apple Payの設計思想は「手軽に誰でも使えるサービス」を目標に開発されたという。米国内で発行されているクレジットカードまたはデビットカードをiPhoneで写真撮影して取り込むと、カードを発行している銀行から「バーチャルカード」と呼ばれる仮想的な決済情報がiPhoneに送られて安全な状態で格納される。この状態で「Touch ID」と呼ばれる本体下部にある指紋センサーのボタンに指を載せて非接触の読み取り機にかざすと、指紋認証を経て本人照合が行われた段階で決済が完了する。バーチャルカードは本来のクレジットカードとは異なる形でiPhone内に格納されているので、スキミング等のカード番号を奪取する犯罪行為にも強く、より安全に決済できるのが特徴だ。このように「携帯電話で“タッチ”する」ことの便利さを覚えた米国人が、この分野で先行する日本にiPhone 7でその仕組みを持ち込み、米国流ではなく日本に最適化された形でサービスを実装していくというのであれば、非常に興味深い話ではないだろうか。

iPhone 7とApple Payは本当に日本人の生活を変えるのか

ただ日本にApple Payを持ち込むうえでの障害は「FeliCa」技術にあった。すでにApple Payが提供されている9カ国では、「Type-A/B」という異なるセキュリティ方式を採用してサービスが展開されており、この「Type-A/B」に準拠した決済インフラを持たない日本では、現状のiPhoneとApple Payの組み合わせではそのままサービスが利用できない問題がある。

日本だけ異なる規格を採用していたり、独自の進化を遂げた様子を「ガラパゴス」と揶揄する人がいるが、日本では世界に先駆けてインフラ整備が全国に行き渡っており、さらに朝晩の大量のラッシュをさばくためにJR東日本が改札に相応の性能を要求しているなど、日本がFeliCa依存の環境にあるのは仕方のない面も大きい。そこでAppleは既存のiPhoneにも搭載していた「Type-A/B」に加え、iPhone 7の世代で「FeliCa」チップも搭載し、iPhoneを日本国内のインフラでそのまま利用できるようにした。

現状はまだ日本国内向けに投入される「iPhone 7」「iPhone 7 Plus」「Apple Watch Series 2」の3モデルに限定されるが、将来的には海外で販売されるiPhoneにもFeliCaが対応し、例えば2020年の東京五輪の際には訪日した外国人が持ち込んだiPhoneさえあれば「買い物も乗り物乗車も自由自在」という世界が実現してほしいと考えている。現状はまだiPhone以外のAndroidなどの携帯電話においてもセキュリティ方式の違いがあり、こうした日本の国境を越えての相互運用は実現されていない。