「2000年前から九段線の内側は我々のものだ」と中国は主張する。だが、歴史的権利の根拠とする九段線は、中華民国時代の1947年に領海を示すために作成された地図をベースに、中華人民共和国になった53年に書き直したものにすぎない。

中国の版図は時代によって大きく変わってきた。たとえば九段線の付け根にある海南島は、2000年前は「越」と呼ばれる国の一部で、漢民族が支配する土地ではなかった。遠く中近東にまで広がった元の全盛期を除けば、現在の中国共産党の版図が一番広いだろう。毛沢東時代に相当に版図を広げたが、急速な経済成長とともに今また中国は拡張期にある。彼らが国力にモノをいわせて版図を押し広げようとしているのは、境界線がほぼ固定化された陸地ではなく、太平洋やインド洋につながる「海洋の国土」だ。

覇権国家には版図拡大の野心を剥き出しにする時期がある。大航海時代のスペインやポルトガルは大西洋の島々や中南米を植民地化した。その後、7つの海を支配したのがイギリスで、世界の至るところにイギリス領は残っている。イベリア半島の南端、スペインと地続きのジブラルタルや、アルゼンチン沖合のフォークランド諸島は、今なおイギリス領だ。ドイツは第一次世界大戦に負けて日本が委任統治するまで縁もゆかりもないパラオを支配していたし、ニューカレドニアは今でもフランス領。アメリカだってスペインを追い出して中南米の国々やフィリピンを実質的に植民地化していた。カリブ海に浮かぶプエルトリコがアメリカの準州扱いなのはその名残だ。

西欧列強が我が物顔でツバをつけた土地を自分の領土にしてきた時代、中国は収奪される側だった。その中国がようやく力をつけて覇権を狙う立場になって、失地回復すべく、領土的野心をあらわにしているわけだ。中国からすれば「西欧列強にやられたこと」をやりかえしているにすぎない。歴史的権利を主張する九段線に法的根拠がないことぐらい百も承知。しかし欧米列強だって歴史的権利のない飛び地のような領土を今でも持っているではないか。「オレのものだ」と2000年も言い張れば自分の領土になる、と中国は思っているのだろう。