子育て環境や職住近接も地方拠点に望まれる条件

この調査では、立地計画の有無にかかわらず全社に対し、新規事業拠点の用地や施設を選定する際の重点項目も尋ねている。結果は図3のとおり「価格」と「交通条件」の2項目が他を引き離した。上位ではなかったものの「都市・生活環境」という回答も、実数で1254件に達した。地方移転に伴い、相当数の社員が転勤する場合は、暮らし、子育て・教育、通勤の負担などにかかわる立地条件も、より重視されることになるだろう。

ある大手建機・重機メーカーが、本社機能の部分的な地方移転を進めてきたことは、よく知られている。まず2002年に東京本社の購買本部を、同社の創業地である地方都市へ移転。やがて現地での大卒採用を開始し、本社の教育部門も移した。期せずして、地方拠点の女性社員には、首都圏の拠点の女性社員よりも子どもの数が多い傾向も現れているという。

一方、調査への回答件数が多かった卸売業・小売業においては、個人消費の停滞や、チェーンストアなどの店舗統廃合が伝えられながらも、ネットショッピングは成長軌道にある。電話など他の手段を含む通販市場全体も、堅調とされる。小売企業の通販事業部門や、実店舗をもたない通販企業なら、オフィスやコールセンターを地方に置いても、日常の顧客対応に支障なく費用削減が図れる。さらに、ネットショッピングや通販の市場拡大による波及効果で、運輸業が各地に拠点を新増設していくことも考えられるだろう。

2030年に訪れる現場の大きな変化とは

地方拠点強化は企業の発展にとって重要な課題だが、中長期的な課題としては「第4次産業革命」への対応も見逃せない。もともとはドイツの産学官が打ち出した“Industry4.0”。産業競争力の強化のための構想で、IoT、ビッグデータ、人工知能(AI)、ロボットなどの技術をものづくりに生かし、多品種少量生産をさらに進化させた変種変量生産が可能な、柔軟かつ自立的な生産現場を目指すものだ。

日本政府もGDP600兆円を目指す「日本再興戦略2016」(本年6月)の柱に「第4次産業革命」を据え、地域経済の強化につなげることも重視している。また経産省の「新産業構造ビジョン」(本年4月)は、職業別の従業員数の変化を2015年度と比べて示し、大きな注目を浴びた。

同ビジョンによれば、現状のまま成り行きに任せてもAIやロボットの活用は進む。すると2030年度には製造・調達分野の人材が262万人減少する。製造・調達の現場において、AIやロボットが生産性向上に大きな役割を果たすとの予測だ。

反対に、製造業のIoT化をはじめ、産業全般のIT業務のための人材需要は、45万人増えるとされた。他にも経営戦略策定や研究開発やコンサルティング営業などの分野で必要な人材は増えるとされた。

人材資源、その育成力は立地先選びの大事な要素

つまり、こういうことになる。今日しばしば人手不足が深刻視される工場などでも、それは技術と知恵の力で解消されていくのだろう。そうした状況は、これまで安価な労働力を求めて海外へ拠点を移していた企業に、国内立地の可能性を提示することにもつながるわけだ。

一方、「第4次産業革命」の実現にはITやAIの技術、あるいはデータ分析をビジネス戦略やビジネスモデルに結びつけるといった高度な専門性を要す業務を、新たに多数の人々が担わなければならない。その人材育成・確保が、産業界全体にとってきわめて切実な課題となってくるのだ。

国は学校教育の強化・改革も進める方針であり、企業も社員を高度人材に育てようと本腰を入れるだろう。そして自治体も、従来以上に人材資源やその育成力の優位性で企業を誘致することになるのではないか。さらに、研究開発や経営企画、戦略の構築といった仕事に携わる社員が創造性を発揮しやすい、良質な環境に恵まれた地域がいっそう評価を集めるだろう。

日本は生産年齢人口が減り、少数精鋭で経済成長を目指す時代に突入する。企業と地域のベストマッチングによる連携が、時代の大きなうねりをとらえ、精鋭たちにますます磨きをかけるよう期待される。