危機に直面したときの冷静かつ大胆な対処、有能な人材を味方に引き入れる人心掌握術、ここぞという場面で一歩も二歩も踏み出す決断力、実行力。三国志には現代社会に通じる知恵が満載だ(この頃、日本は弥生時代だというのに)。

魏・呉・蜀の三国を率いた英傑たちは全くタイプが異なる。「才能があれば親を殺した人物でも登用する」と布告し、軍団の人事改革を進めた合理主義者の曹操(魏)、三代目のボンボンでありながら、古くからの家臣、若手、親族など各方面の助言をバランスよく取り入れた調整型の孫権(呉)。「現代の経営者で言うとこの人かな」と重ね合わせながら、そのエピソードを興味深く読んだ。

個人的に一番魅かれたのは劉備(蜀)である。小説『三国志演義』では、若き日の劉備が、関羽、張飛と義兄弟の誓いをし、生涯その友情を育むが、史実でもその結びつきは強かったらしい。駒ではなく、同志とともに戦った劉備。それゆえ、関羽を失った後は冷静さを失い、滅びの道を歩む。

劉備には曹操のように冷徹になれなかったからこその人間的魅力があったのだろう。彼が戦乱の中で見せた「他の陣営に転がり込む能力」。共通の利害を語って受け入れさせ、完全に吸収されることもなく、孤立もしない。機を窺って陣営から離れるときも決定的に嫌われることはない。劉備は、「現代にはこんな奴いないだろ」と思わせる異能の人でもある。

この時代の栄枯盛衰の最終的な勝者として描かれるのが司馬一族だ。魏の軍師・司馬懿は曹操から警戒されていたが、曹丕(曹操の子)に親しむことで身の安全を図る。戦略家として大いに活躍したが、曹爽の時代には閑職に追いやられてしまう。

司馬懿60歳。そこから10年の雌伏のときを過ごし、70歳でクーデターを決行、ついに皇帝と曹爽一族を一掃した。司馬懿は自分の爪を隠すため、政敵の前ではボケたふりまでして見せたという。何という執念! 彼もまた現代にはいそうもない傑物だ。

本書はたんなる三国志のダイジェスト解説ではない。「組織に所属するとき、個人は強みを武器にできる」(弱いところはシステムで補強できるから)。しかし、「人生全体としては弱みこそが勝敗を分ける」。成功したプロ野球選手の引退後の明暗まで引きながらの解説は、大いに説得力があった。

偉そうに書いてきたが、私は今回三国志にはじめて触れた超初心者である。最初の数十ページは海外ミステリさながら、巻頭の登場人物一覧に何度も戻りながら苦労して読んだ。しかし途中からは完全にハマり、その世界に引き込まれてしまった。今や横山光輝のコミック全巻も揃えようかという勢いだ。