ただ、バウチャーには注意が必要で、甲南大学の前田正子教授は「96年に英国の4つの町で一律年間1100ポンドのバウチャーを配ったが、新規参入者が増えず、特定の保育所に人気が集中し、翌年に廃止されている。OECDの報告書もバウチャーは政府の関与を弱め、サービスが断片的になり、質の格差が拡大し、アクセスに不平等が生じると指摘している」と話す。

その前田教授が成功例とするのがスウェーデンのある自治体で、保育所の量と質の確保は自治体の責任とし、保育の量を確保してからバウチャーを導入した。2年に1回は保護者が保育所の実態を書き込むアンケート調査を実施し、情報公開を行いサービス提供者と利用者との間の「情報の非対称性」を回避したことが奏功したそうだ。

鈴木教授も国や自治体による一定のサービスの質の担保を重視する。15年6月に閣議決定した日本再興戦略は、19年度末までの全保育所での第三者評価の受審・公表を目標に据えた。「保活では情報が最重要」と訴えるマザーネットの上田理恵子社長が13年からスタートした「保活コンシェルジェ」では、保護者のネットワークから得た、各保育所の“生情報”を提供して高い評価を受けている。バウチャーの実施には、民間参入による質の高い保育所の増設で、保護者の選択肢を事前に十分に増やすことが条件になるようだ。

自治体も保育改革に傍観しているわけでなく、東京・江戸川区は69年から独自の「保育ママ制度」を開始。原則、区内の認可保育所に入れるのは1歳からで、それまでは子育て経験者などを募った保育ママに預ける。12人の保育ママ、35人の子どもでスタートしたが、2016年度末にはおのおの、210人、400人規模になる見込みだ。

保育ママを務めている人の平均の年数は11年で、なかには36年という超ベテランの保育ママもいる。また、認可保育所の園長クラスの保育士が、2~3カ月に1回の割合で抜き打ちの巡回を行うなど、保育の質の維持・向上に努める。保護者の負担は基本保育料と雑費で月額1万7000円。保育ママに対して区は、保育補助費と環境整備費で毎月10万円を補助する。コストが格段に安く済み、全国の自治体からの注目を集めている。

また、大阪府は2016年5月10日に国家戦略特区を活用した画期的な待機児童解消策を発表。“岩盤規制”だった子どもの数に応じて決められている保育士の配置基準を自治体が独自に判断したり、全国一律の保育所の面積基準を緩和する裁量権を各自治体に与える考えだ。さらに、大阪市は民間保育所の実態調査に基づいた公立認可保育所の「保育士給与表」を新設するという。

待機児童問題の解決には、データを踏まえた経済学的な視点も加味しながら、官民一体となった冷静な議論が不可欠だ。当然、そこには父親の子育ても含めた育児休業のあり方の見直しも入ってくる。働いていても安心して子育てができ、子どもがすくすくと育つ社会でないと、真に豊かな社会とはいえないのだから。

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