新事業の主眼は「リーダー」の養成

2009年7月、米セサミワークショップと「Sesame Street English」に関する独占的な契約を結んだ。子どものころから英語で発信させようと、「セサミストリート」の番組を活かした教材をつくり、翌年にこども英語塾を開く。英語で発信するには、発信したいものを持っていないと内容が乏しくなり、みんなが聞いてくれない。英語塾で、子どもたちは「何を発信しようか」を考え、身に付けようとしてほしい。それは、自発的に考えて行動する人材の、育成につながるはずだ。そんな発想も、失敗からの再挑戦のなかで生まれた。

「反己者、觸事皆成藥石」(己を反みる者は、事に觸れて皆藥石と成る)――常に反省を忘れない人は、どんなことをしても、何に遭遇しても、それが戒めや教訓となる、との意味だ。中国・明の洪自誠の処世書『菜根譚』にある言葉で、失敗は謙虚に反省し、足らざる点を学べ、と説く。新たな事業への挑戦を重ね、たとえ失敗しても反省材料を得て、次に活かす永瀬流は、この教えと重なる。

人材の育成は、予備校の責務ではない。ただ、大学生の海外留学の支援も手がけ、幼児から成人までを事業の対象にしてみると、世界で通用する人材や起業家を育てたい、との思いが募っていく。

近年、大学から特別講義の依頼が続く。そこで、野村証券に勤めて2年目に、お客から事業家になることを勧められ、起業資金まで貸してくれた話をした。すると、終了後に学生が「永瀬さんは運がよかった。僕らに、そんなチャンスはない」と言う。そのとき、閃いた。「ならば、チャンスをあげよう」。2013年7月、3億円の学生向け起業基金をつくり、経済紙の広告で起業プランを募る。

日本は子どもの数が減り、人口減少の時代に入った。大学を選ばなければ誰でも進学できるようになり、予備校で受験向けテクニックを教える時代は終わる。でも、各分野のリーダー候補の養成の大切さは、なくならない。そのための機会の提供を、事業の主眼としていけばいい。新しい夢だ。

8年前に、イトマンスイミングスクールを買い取った。五輪や世界選手権へ多くの選手を送り出した、名門だ。不幸にして、保有していた総合商社がバブルに踊って破綻し、売却や縮小が続いた。でも、縁あって傘下に入った以上、再び頂上に押し上げるだけではなく、水泳界やスポーツ界のリーダーを育てる場にもしたい。

この5月、東京都多摩市に水深3メートル、水路50メートル、五輪と同じスタート台など、五輪仕様のプールが完成し、竣工式をした。天井や周囲、水中に37台のカメラを置き、あらゆる角度から選手のフォームを捉え、大型画面に再生する。施設内には先端のトレーニング機器も並び、寮もある。イトマンの施設だが、国内外の有力選手にも開放する。何かあれば「皆成藥石」も重ねていく。

竣工式の終わりに、今夏のリオ五輪に出場した背泳ぎの入江陵介選手ら、所属の男女4人が泳ぎ初めをした。その姿を追う目に、メダル獲得への期待を込めた。近い将来に水泳界の指導者になってほしいとの思いも、重ねた。

ナガセ社長 永瀬昭幸(ながせ・あきゆき)
1948年、鹿児島県生まれ。74年東京大学経済学部卒業、野村証券入社。76年に退社し、東京・武蔵野市に学習塾を開き、会社を設立。85年「東進ハイスクール」を創設。88年株式を店頭公開。2006年四谷大塚を買収。08年イトマンスイミングスクールをもつ会社をグループ化。
(聞き手=街風隆雄 撮影=門間新弥)
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