実は「91年に3万人」の目標を立てる際、心中には葛藤があった。一方では「大学受験の浪人生数のピークは94年か95年で、浪人生時代は終わる」との読みがあった。他方では「浪人生向けは試験段階で200人、翌年には3000人になり、その次の年には1万人になった。まだ、しばらくは大丈夫だろう」との気分もある。振り返れば、やはり自分の中にも「右肩上がりの神話」があった。頭では「もう、終わるぞ」とわかっていても、「まだ、いいだろう」となる。証券マン出身で、株式相場の世界にある「もうは、まだ。まだは、もう」の格言も知っていたが、間違った。ただ、貴重な戒めとなる。

一緒に事業に携わっていた次弟とともに、一度は「これでおしまいだ」と思う。だが、事業を起こした際の「誰でもどこでも、いい講義を受けられるようにしたい」との志が、気力を甦らせた。全国的に支持された講師群を持つ強みを、どう活かせばいいかを考え、野村証券時代に学んだフランチャイズ方式を思い立つ。幸い、赤字になる前に衛星授業システムを持ったから、配信は円滑に始まる。

ただ、肝心の加盟店が集まらない。営業部隊は、当初の加盟金や保証金が高いからではないか、と言う。会社が受けた傷は浅くないので、どうしても早く収入を得たい。同時に、なるべくいい加盟校を揃えたい。そこで、1県に1校の前提で、加盟金と保証金は各1000万円とした。それを、地方の予備校が「負担が大きい」と指摘した。でも、毎年払う映像使用料のほうは、高めでもいい、と言う。それはそれで、東進の経営の安定につながるから、加盟金を引き下げ、使用料を上げた。

加盟を希望してきた予備校の代表者とは、自ら面接した。地方の小規模な塾も、多かった。でも、重要なのは規模ではない。志を共にして「この人となら一緒にやれる」との思いが連携には必要で、そこも起業家には不可欠な点だ。いまでも、面接は続けている。

「志、氣之帥也」( 志は、氣の帥なり)――何かを目指す強い意志は、気力の指揮官となる、との意味だ。中国の古典『孟子』にある言葉で、確固たる意志があればおのずから気力は出てくるとして、志の大切さを説く。挫折に遭遇しても、志を復活の原動力とする永瀬流は、この教えに通じる。