「ネットの声」拾うマスメディアの弊害

【為末】僕は今、テレビが自信を失っていることが、かなり大きな問題だと思っています。テレビって相当ネットを意識して番組をつくっているんですが、ネットの意見というのはマジョリティーの意見ではないですよね。本当のマジョリティーはネットにあまり書き込まないから。

【山口】そうですね、ネットの声がサイレント・マジョリティーを代表しているケースももちろんあると思いますが、ネット世論と社会全体の世論には、決定的に違うところがあります。普通の世論調査というのは、マスメディアが例えば電話や対面で誰かに聞きます。その人は聞かれたから答える。これは極めて受動的です。しかし、ネットの声というのは、もともと強い思いのある、言いたい人が言っている。極めて能動的です。

【為末】結果的に「聞いてもないのに答える人」の意見ばかりを拾うようになってしまっているわけですね。だから世の中に合わせているようで実はどんどんズレてしまっている。

為末大氏

【山口】聞いてもないのに答える人が意見を言うことは問題ではないのですが、そのようなネット世論をあたかも一般的な世論としてマスメディアが紹介することで、極端な意見が加速してしまうことはありますね。例えば、最近だと五輪エンブレム問題です。実際に講演などで聞いてみると、あのエンブレムが「著作権侵害だと思う」という人はほとんどいない。

【為末】そもそも、炎上は悪いことだと思いますか?

【山口】明らかな差別表現や誹謗中傷でない限り、誰かを批判する権利というのは表現の自由の中に含まれているので、炎上という現象自体を悪とは言えないと思います。ただ、炎上を恐れるあまり発信しなくなるというのは社会的には大きなコストです。これまで、表現の自由は政府によって規制され、それに民衆が反発してきたという歴史があるわけですが、今は民衆が結果的に表現の規制を行っています。しかも、その規制は、政府がするよりもより深刻です。

【為末】インターネットの発展によって、個人が自由に自分の意見を発信できるようになって、世の中の苦しい空気がスカッと晴れるかと思ったら、もっと息苦しくなっちゃった、みたいなことですか。

【山口】そうですね。インターネットという便利な道具を扱うリテラシーが不十分、とも言えるかもしれません。だからこそ、われわれのような研究者の立場からの発信や、インターネットに関する教育などにより、個々人のリテラシーを高めていくことが必要なのかと。

【為末】炎上加担者は、ネットユーザー全体からみればきわめて少ないということも知っておくべきですよね。

【山口】そうです。インターネットの情報は偏っている可能性があることにも意識的であるべきだと思います。