素直でかわいいオバさんになるのは、他人の視線のためじゃない

男女雇用機会均等法世代(あるいは雇均法以前)や、団塊ジュニア世代、就職超氷河期世代、そして育休世代。いま働く女性たる当事者にも、いろいろな人がいる。ただ、どの世代の女性たちにも言えるのは、自分の人生と仕事のバランスの渦中で、ひたすら将来の方を向いて手探りを続けているということだ。

手探りだから、障害物にもぶつかる。いいときも悪いときもあり、いい思いもすれば、嫌な思いもする。だが、そんな私たちがどこか無意識下で目指しているのは、「社会から継続的な需要がある女性人材=可愛くて嫌われない(そして周囲からの尊重も失わない)オバさん」というロールモデルなのかもしれない。よく高齢者が「愛される年寄りにならなきゃね」と言うのを聞くが、社会で生きる、年齢を重ねるとは、究極的にはそういうこと。年齢を経るにつれて身に付く経験と知識は、時として自分の考え方や態度を硬化させ、自らを生きづらくするときがある。

これは、女だけの話ではないし、女だけであってたまるものかとも思う。コワくない、可愛げがある、素直な年長者。もはや企業社会は単一性文化ではないが故に一層、男性であっても、可愛げという魅力は組織の中で最後まで泳ぎきる技術の一つなのだろう。

そう、「泳ぎきる技術の一つ」ではあるけれども、もちろんそれだけで組織の中を垂直方向に上がっていけるわけではない。それでも近年、組織の中に生きる女性の姿として、男性と伍して働くゴリゴリキャリア女性像だけではない、可愛くて嫌われない女性というカテゴリーが新たに出現し、語られるようになってきたように思う。それは女性の組織人の絶対数が増え、組織の中で働き続けながら歳をとっていく女性が増えたことの反映だ。数が増えた分、働く女性のニーズや方向性もまちまちとなり、新しい処世術として「可愛くて嫌われないおばさん」という暫定解が出たのではないだろうか。

ただし、時間は万人に平等に進む。かの“キラキラ女子社員”だって、藤田社長だって、みんな平等に現在進行形で加齢していく。つまりこの「年取ってからの居場所問題」は、いまキラキラしていようがくすんでいようが、万人に共通の課題なのだ!(ふっふっふっ)

他の誰かの視線のためではなく、自分が心地よく社会に居場所を持ち続けるための態度を、男性も女性も、みなが模索せねばならない時代だ。世間で、組織で、上の世代にも下の世代にも、男にも女にも、適度に可愛がられ嫌われず、最後まで泳ぎ切れる人材。泳ぎ切った先、向こう岸に立って見える景色とは、どのようなものなのだろう?

河崎環(かわさき・たまき)
フリーライター/コラムニスト。1973年京都生まれ、神奈川育ち。乙女座B型。執筆歴15年。分野は教育・子育て、グローバル政治経済、デザインその他の雑食性。 Webメディア、新聞雑誌、テレビ・ラジオなどにて執筆・出演多数、政府広報誌や行政白書にも参加する。好物は美味いものと美しいもの、刺さる言葉の数々。悩みは加齢に伴うオッサン化問題。