ストイックな経営姿勢が、強い会社を作る

株主にとって、配当金は株価や業績と同様に、投資意思決定をする際の大きな決め手となります。業績や株価が同じような条件であれば、多くの配当をする会社は人気があり、配当をあまり出さない会社は人気が落ちます。

日本の多くの大企業では、連結配当性向を中長期的に30%にすると発表しており、この30%という数字が、日本の配当性向の1つの目安となっています。配当性向とは、当期純利益に対する配当金の割合を示し、連結配当性向とは、連結ベースの当期純利益に対する配当金の割合を示すものです。配当性向30%ということは、当期純利益のうち30%を株主に還元し、残りの70%を社内留保し将来の投資などに備えるということを意味します。

多くの企業が配当性向30%を意識しているなか、キーエンスの配当金は少ないと言わざるをえません。2015年3月期の配当性向はたったの10.7%に過ぎないからです。それでも高くなった方で、それ以前は5%~7%前後で推移していました。

並々ならぬ利益を出しているにも関わらず、配当性向が低いのは内部留保を厚くしたいというあくまで慎重な経営姿勢の表れです。なお、キーエンスの株式は、創業者である滝崎武光氏及び滝崎氏の資産管理会社によって25%以上保有されているため、株主からの配当圧力はそれほど強くないと考えられます。

そして、キーエンスは内部留保が多いからと言って余計な買い物をしないのも特徴です。2015年6月期の連結貸借対照表をみると、現金および預金が1167億円、短期の有価証券(中身は主に国債や社債といった安全資産)が5679億円となっています。これらを合わせると6847億円となり、連結売上高の2年分以上に上ります。これだけたくさんのお金があると、大抵の会社は「もっと会社の規模を大きくしよう」とM&A(企業買収および合併)の誘惑にかられがちです。ただ、M&Aをすればうまくいくという保証は全くなく、うまくいかないケースも多々あります。三洋電機を買収したパナソニックやウェスチングハウスを買収した東芝などがその例です。キーエンスの収益力を考えると、その眼鏡にかなう企業を探し出すのは至難の業でしょう。

利益がたくさん出ていても、それを使ってばかりいてはお金がたまりません。お金があっても節約に努め、ムダな買い物はしないという禁欲的な経営姿勢が、強固な財政基盤を築いたのです。

 

以上、この連載の3回にわたって、日本一高い給料を実現するキーエンスの類まれなる収益力と財政基盤について見てきました。うまくいっている会社には必ず理由があります。キーエンスをヒントに、ますます多くの企業が活性化していくことを願います。

秦 美佐子(はた・みさこ)
公認会計士
早稲田大学政治経済学部卒業。大学在学中に公認会計士試験に合格し、優成監査法人勤務を経て独立。在職中に製造業、サービス業、小売業、不動産業など、さまざまな業種の会社の監査に従事する。上場準備企業や倒産企業の監査を通して、飛び交う情報に翻弄されずに会社の実力を見極めるためには有価証券報告書の読解が必要不可欠だと感じ、独立後に『「本当にいい会社」が一目でわかる有価証券報告書の読み方』(プレジデント社)を執筆。現在は会計コンサルのかたわら講演や執筆も行っている。他の著書に『ディズニー魔法の会計』(中経出版)などがある。