メーカーでありながら工場設備を持たない

利益率が高いということは、費用が相対的に安いことを意味します。実際に、キーエンスの連結損益計算書をみると原価率が非常に低いことが分かります。2015年3月期の連結ベースの損益計算書をもとに計算すると、同期の原価率はなんと20%。これは同業他社に比べて極端に低いです。『日経経営指標2011』(日本経済新聞出版社)によれば、配線・制御機器メーカーの売上原価率は平均で66%です。それに比べればキーエンスは実に46%も原価率が低いのです。

秘密は製造原価明細書に隠されていました。それによると当期総製造費用のうち材料費が71.1%も占め、その他は外注加工賃が17.2%、労務費が3.4%、経費が8.2%となっています。原価のうち材料費と外注加工費が9割で、労務費と経費は1割程度に過ぎません。自社で製品を製造して販売する場合は、工場の設備関連費や人件費がそれなりにかかるため、そんな割合はありえません。

実は、キーエンスはメーカーでありながら、製造や組み立てなどの生産設備を自前で持たない「ファブレス経営」を行っているのです。ファブレス(fabless)のfabは「工場」を意味するfabrication facilityの略です。有価証券報告書の「第2【事業の状況】4【事業等のリスク】」には、「当社グループは、開発・営業両部門が一体となった新商品開発・市場開拓、工場を持たないファブレス……」と記載されています。

工場を持っているとその管理維持にコストがかかり、固定費がかさみます。また、その工場の稼働率を高められるような製品を作るため、顧客目線に立った自由な製品開発が阻まれやすいというデメリットがあります。

キーエンスでは製造を外部に委託しているため、労務費と経費をほとんどかけることなく、「開発・営業両部門が一体となった新商品開発・市場開拓」が行えるのです。製造は外部に任せ、自社では製品の開発や企画、設計に力を入れるということを考えれば、メーカーというよりも新しいアイディアを発明する会社や、顧客の困りごとを解決するコンサル会社のようなところがあるのではないかと思われます。ここに会社としての強みがあるのです。

次回は、キーエンスが具体的に何を売っているのかを明らかにするとともに、原価以外の販売管理費や税金、配当金といった観点からキーエンスの高収益の秘密にさらに迫ります。また、貸借対照表の中身をチェックすることで会社の社風や経営姿勢にも触れていきたいと思います。どうぞお楽しみに。

※次回は、2016年3月24日(木)公開予定です。

秦 美佐子(はた・みさこ)
公認会計士
早稲田大学政治経済学部卒業。大学在学中に公認会計士試験に合格し、優成監査法人勤務を経て独立。在職中に製造業、サービス業、小売業、不動産業など、さまざまな業種の会社の監査に従事する。上場準備企業や倒産企業の監査を通して、飛び交う情報に翻弄されずに会社の実力を見極めるためには有価証券報告書の読解が必要不可欠だと感じ、独立後に『「本当にいい会社」が一目でわかる有価証券報告書の読み方』(プレジデント社)を執筆。現在は会計コンサルのかたわら講演や執筆も行っている。他の著書に『ディズニー魔法の会計』(中経出版)などがある。