彼が屋台を開いた場所は、南青山のコミュニティ型屋台村「246COMMON」(編注:現在の名称は「COMMUNE246」)。店の運営は好調で、始めて半年経たないうちに246COMMON内の3店舗を商うようになり、3人だったチームは10人に増えた。

「群馬の篤農家(編注:熱心で研究心に富む熱心な農家のこと)の野菜をふんだんに使ったり、カンガルー肉を使ったり、自家製のフルーツシロップを使ったり……。それなりに順調だったのですが、だんだん『なんか違う』と思うようになってきて……。屋台の料理ではそうそう単価は上げられないから、思うような食材が使えないんですよ。加えて人件費のために、袋を開けてソーセージを焼く、みたいなこともしなくてはならなくなった。場所的にも人的にも無理が出てきたんです。それが不本意でした。お金は稼げたけど、実力がない自分に納得がいかなかったんです。2年経って会場の246COMMON自体がリニューアルするのに合わせて、チームは解散しました」。

「サーモン&トラウト」は最大13席と小さな店で、厨房で調理する森枝さんとカウンター越しに話しながら食事を楽しむスタイルだ。マンダリンオリエンタル東京「タパス」での経験が原点となっている。

面白いシステム、面白い店を作りたい

森枝はその後、今の場所に「サーモン&トラウト」を出店する。2014年のことだった。「シチリアでワイン造りをしていたフードライターの友達が、『自転車屋をやるから一緒にやらないか』と声をかけてくれました。代沢というエリアは“飲食店がたくさん集まっている場所”と世間に認識されていないのも、いいなあと思いました。“おしゃれなレストランの激戦地”みたいなところには出したくなかった」

サーモン&トラウトの店内。自転車が飾られているのは、自転車店を兼ねているから。

 サーモン&トラウトのオープンから1年ちょっとが経った。街ごとブームアップしていく、この店からカルチャーを発信するというのが、彼の理想だという。

「僕は厨房の中からカルチャーを発信するだけでなく、自分自身を厨房から解放したいんです。そのための面白いシステムを作りたい。今は自前のメディアとして、フードマガジンの発行を計画しています。レストランができることを、これまでにない方向に拡大していきたいんです。そういう考え方を、面白いと思ってくれる思想を共有できて、いいものを分かってくれるお客さんが集まってくれたら嬉しいなあと思っています。あっ、そういえば、春に友人が新宿のゴールデン街にレモンサワーの店を出すので、その準備も手伝っているんですよ。面白い店にしようと思って、仕掛けを作っているところです。やりたいことがいっぱいありすぎて、時間が足りない(笑)」

「サーモン&トラウト」では料理に合わせたお酒が楽しめる。お酒のセレクトはオーナーでカヴィストの柿崎さん(右)

「(自分の店は)若い人がゼロからトライ&エラーで学べるところでありたい。セントラルキッチンで8割方調理ができているものを混ぜて出すだけ、みたいな店や、作業フローの中で決まった仕事をするだけのスタッフしかいないような店は、絶対にやりたくないんです」