創業時、競合大手に勝つ手を考え、気づいたことがある。大企業でも零細企業でも、同じものがある。「1日24時間」という時間だ。戦って勝つには、この平等のものをいかに使うか。

答えは、母が説いていた「人の倍は働け」だ。以来、1日16時間、土曜も日曜も働く。休むのは、初詣でに行く元日の午前だけだ。

「鞠躬尽力、死して後已まん」――『三国志』の諸葛孔明は、身を粉にして働く決意を、こう書いた。この率先垂範の姿勢こそ、永守さんの日々と言える。

母には、頭が上がらなかった。世界で唯一人、怖かった。母は毎月、弘法大師の命日である21日に、京都の東寺で大師の教えを学んでいた。よく連れていかれた。兄と姉が5人いたが、自分が一番信心深い、と思う。創業期から、京都・八瀬にある九頭竜弁天へ参拝している。無論、神仏は何かをおねだりする相手ではない。社員に強要もできない。実業とは世界が別だ。ただ、どこかに共通するものがある気がする。

やはり創業期に、大口客に「モーターの厚みが半分で、同じ力を出すなら、全量注文する」と言われ、技術者を集めたが、みんな首を振った。そこで「いまから『できる、できる』と100回言うから、お前らも一緒に言え」と指示。1000回ほどまで唱えたら、「あっ、社長、何かできる気分になってきました」との声が出た。画期的なことをやるというのは、そういうことなのだ、と思った。

若いころから、電車に乗ると、必ず進行方向へ向いた席に着く。そうすれば、これから先の景色がみえてくる。「逆向きで、過ぎ去った光景をみても仕方がない」という理屈だ。いま、売上高は8000億円に近づいた。「1兆円企業」の実現は、もう視野に入っているのだろう。

(撮影=奥村 森、芳地博之、尾関裕士)