例えば上司として、残業で遅くまで残っている部下たちに帰ってほしいとき。「まだ作業が残っていて大変だと思うけれど帰って」と言えば、部下たちは不快になるはずです。そこで、主語をきちんとつけて「私個人的には、みんながこんなに遅くまで残って頑張ってくれるのはうれしいし、まだ作業が残っていて大変だと思うけれど、上司としてはあまり残業させられないので帰ってほしいと思っている」というように話します。個人的な思いや立場としての考えを言う。これは、取引先や顧客に対しても「担当としてはうれしく思います」とか、「弊社としては今回の成功をうれしく思っています」というように使うことができます。

矢野 香さん

事実と感情を分けるためには、2つの文に分けることも大事です。残業する部下の例を前述しましたが、「みんなが遅くまで残って頑張ってくれるのは……」と1つの文で言うのではなく、「みんな毎日、遅くまで残ってくれているね」とまず事実で1文を終える。さらに、「私としては、みんなが頑張ってくれているのですごく頼りになるなと思っています」というように続けます。

また、話す順番にも気をつけてください。事実を先に言ってから気持ちを伝えます。感情↓事実だと「やっぱり女は」と言われてしまいがちです。ただ、上級編として、喜びを伝えたいときは感情→事実→感情と、事実を感情でサンドイッチにすると効果的です。例えばチームが好成績を挙げたときは、「うれしいね。すごいね」「全国の支社の中で私たち1番だったんだよ。先月までは10位だったのがいきなり1番だよ」「上司としても担当としてもうれしいし、誇りに思うよ」というように褒める。

感情をうまく伝える方法には、「I(アイ)メッセージ」があります。「あれして、これして」という指示(=YOUメッセージ)ではなく、「こうしてくれると私は助かる」というように、「私は思う」と自分目線で言う方法です。指示しにくい上司に対しても、「こういうふうにしていただけると私たちは助かるのですが」と、自分側に持っていきます。これはプライベートでご主人や子どもにも使えます。「あなたはなんで脱いだものを洗濯機に入れてくれないの」ではなく、「洗濯機に入れてくれると私はうれしいな」というように。感情↓事実↓感情のサンドイッチも使って、「ありがとう。うれしいわ」「靴下、洗濯機に入れてくれたのね。そうしてくれると私は助かるわ」と言う。すると、次からもしてくれるようになります。これは、心理学で「強化」といい、犬の訓練などでも使われます。自分の生活を過ごしやすくするためには、上司や夫、子どもを訓練することも大切ですね(笑)。

自分の思いを伝えやすくするためには、環境を整えることが大事。周囲とコミュニケーションを密にする。味方にしてしまう。教え込んでいく。詳しく知りたい人は、「学習心理学」で検索してみてください。子どものしつけ、部下の育て方など「強化」の方法がいろいろと出てきます。

矢野 香
信頼を勝ち取る「正統派スピーチ」指導の第一人者。NHKキャスター歴17年。大学院で心理学の見地から「話をする人の印象形成」を研究し、修士号取得。現在、国立大学の教員として研究を続けながら、政治家、経営者、上級管理職などに「信頼を勝ち取るスキル」を伝授。全国から研修・講演依頼があとをたたない。著書にベストセラー 『その話し方では軽すぎます! エグゼクティブが鍛えている「人前で話す技法」』(すばる舎)など。http://www.authenty.co.jp/

構成=坂口さゆり イラスト=米山夏子