諦めないためには周囲のサポートが必要

ひとりぼっちで生きている人間にとって諦めないことはとても難しい。逆に言えば、物事を諦めないためには、周囲のサポートが絶対に必要である。

これは歴史上の人物の生きざまを見ても明らかなことだ。たとえば、戦国武将を代表する信長、秀吉、家康の3人。最後まで諦めなかった家康が天下統一という大事業を成し遂げたわけだが、なぜ家康にその偉業が可能だったかといえば、家康には三河武士団という強力なサポーターが存在したからだ。

困難な状況にもかかわらず、うまく適応する過程、能力、結果のこと。落ち込んでもすぐに立ち直り、また成功して一時は大喜びしてもすぐに冷静になれる、弾力性を持ったしなやかな強さである。自分で感情をコントロールするのは難しいので、周囲に諌めてくれる人を置き、耳を傾けるのがよい。戦国武将では、三河武士団に怒られ怒られ、堪え忍んできた家康が最後には勝った。
困難な状況にもかかわらず、うまく適応する過程、能力、結果のこと。落ち込んでもすぐに立ち直り、また成功して一時は大喜びしてもすぐに冷静になれる、弾力性を持ったしなやかな強さである。自分で感情をコントロールするのは難しいので、周囲に諌めてくれる人を置き、耳を傾けるのがよい。戦国武将では、三河武士団に怒られ怒られ、堪え忍んできた家康が最後には勝った。

三河武士団は、サポーターとは言うものの、家康がバカなことをやろうとすればきつく戒めたし、思い上がった言動を取れば本気で頭を叩いた。周囲の人々の親身の諌言を受け入れることで、家康の人間性は練り上げられていった。

では、信長、秀吉はどうか。信長は子供の頃から手のつけられない“うつけもの”だったが、守役だった平手政秀が信長の奇行を諌めた。そのお陰で、信長はまっとうな人間として成長することができた。しかし、平手は自害を遂げてしまう。信長を命がけで諌めるための自害だったという説もあるが、いずれにせよ、信長は平手という最良のサポーターを若くして失ってしまった。

一方、秀吉には、黒田官兵衛と竹中半兵衛という優れた側近がいた。半兵衛は長篠の戦いで武田勢の陽動作戦を見破り、秀吉の命令に背いてまで兵を動かさず、結果として秀吉を救っている。だが、半兵衛は若くして病没してしまう。半兵衛のようなサポーターが長生きしていれば、秀吉は朝鮮征伐などという暴挙に出ることはなかっただろう。

「諦めない」ということを心理学的に定義してみれば、感情の安定性が高い状態だと言える。人間の感情は常に揺れるものだ。高揚することもあれば、ドーンと落ち込むこともある。しかし、感情の安定性が高いと、すぐノーマルなポジションに戻ることができる。反対に、感情の安定性が低いと、1回戦に負けただけで「俺はなんてダメな武将なんだ」と投げやりになってしまったり、1回戦に勝っただけで「俺は戦の天才かもしれない」などと慢心してしまうことになる。

感情が大きく揺れてもすぐ元に戻るためには、思考の柔軟性が必要だ。これを心理学用語でレジリエンス(困難な環境を生き抜く適応能力)と呼ぶ。レジリエンスはいかにすれば獲得できるかと言えば、自助努力では不可能なのだ。周囲の人々の言葉に耳を傾け、それを受け入れることでしか思考の柔軟性は獲得できない。やはり大切なのは、優れたサポーターを持っているかどうかなのである。『貞観政要』という書を残した唐の名君・太宗は、わざわざ自分を諌めてくれる「諌臣」という役職まで創設して、家臣から諌めてもらっていた。『貞観政要』は、太宗に対する苦言・諌言集であり、太宗は相当な諌められ好き、すなわちレジリエンスの高い人物だったと言える。