とはいえこの問題は、個人の問題ではなく、日本の社会や組織といったシステム上の問題であるがゆえに、個々が努力して解決するのは難しいように見える。

「私が若い女性たちにいつも言うのは、コミュニティやグループを作りなさい、ということです。個人が何か変化をもたらすことは、非常に難しいことです。例えば、女性が起業をする場合も、サポーターのコミュニティが周囲にあることで、成功しやすくなります」

この言葉を聞いて思い出したのが、かつて取材した日本の女性起業家、光畑由佳さんのことだ。自らの子育て経験から、授乳服の製造販売を手掛ける「モー・ハウス」を立ち上げ、年間6万枚を売り上げる会社に育てたばかりか、「子連れ出勤」が可能という、子育てと働くことを両立したいママ達には、夢のような労働環境を自社で実現した。光畑さんは「事業の継続と成長を可能にしたのは、授乳服を通して発信するメッセージに共感してくれる、顧客やスタッフといった周囲のサポートに他ならない」と常々語っている。

光畑由佳さんが立ち上げた「モー・ハウス」。いつでもどこでも授乳ができる服を製造・販売している

2025年、何十億もの人たちがミニ起業家として働く

グラットン教授ご自身も、2人の息子さんを育てながら、ビジネススクールの教授、作家、そして、ホットスポットムーブメントという、企業を対象としたコンサルティングファームの主催者という、多彩な顔を持っている。

著書『ワーク・シフト』の中で、教授は、2025年には、世界中で何十億もの人たちがミニ起業家として働き、ほかのミニ起業家とパートナー関係を結んで、相互依存しつつ共存共栄していくエコシステムを築くようになると、未来を予測している。

こうした小さな事業を手掛けるミニ起業家は、自ら仕事や働き方を選び、デザインできるという意味で、これからの女性の働き方の有力な選択肢のひとつとなり得る。その可能性を教授に尋ねると、「来年(2016年)出版予定の本の中では、ミニ起業家のことを“インディビジュアル・プロデューサー”と呼んでいます。私もそのひとりです。私が始めた“ホットスポットムーブメント”の活動に携わるスタッフは、たった10人しかいませんし、規模を拡大することもありません。なぜなら、10人が生きていくのに必要な資金を稼ぐことを可能にするよう完璧にデザインされているからです。もちろん私たちは億万長者ではありませんし、この活動をどこかに売却することを考えたりするわけではありません。でも、私たちにとって、この活動は“喜びの源”。顔の見える人数でビジネスを構築することは、本当に素晴らしいことです」と笑顔で語った。

企業が未来の働き方について考えるのを手助けしたい――そんなグラットン教授の思いと、それに共鳴するスタッフたちの思いが、活動の原動力となっているのだ。グラットン教授は、「何より、好きなことをするべき」と語り、実際、ロンドン・ビジネススクールの学生で起業するのは女性の方が多いと教えてくれた。

大切なのは、「行動を起こし、続けていくこと」

『ワーク・シフト』。2013年にビジネス書大賞を受賞した話題作。今後の世界に起こることを丁寧に整理した上で、これからの人々の働き方について、予測に基づくアドバイスを行う。

グラットン教授は、こんな言葉でインタビューを締めくくった。「若い女性たちの声を聞き、女性役員登用の目標値を設けたり、女性たちがネットワークを形成するのを奨励したり……もう既にスタートし始めている、一連の取り組みを加速させることです。ですから私は、さまざまな会議に出席しても、女性の問題について、何をすべきかを口にすることはありません。もう、皆知っているからです。とにかく、やるしかないのです。始めるしかないのです。難しくはないでしょ? 必要なのは、ウィルパワー、強い意志だけです」

筆者はこれまで、番組を通して、さまざまな分野で活躍する100人を超える女性たちにインタビューしてきた。そうした中で、思いをエンジンにして即、行動を起こし、周囲を上手く巻き込み、共感者を増やし、できることを、できるだけ続けていくうちに活動が大きくなっていく……こうしたパワフルな女性たちに大勢出会ってきた。

グラットン教授が示唆する、変化に立ち向かう「強い意志」を携えた女性たちは、既に日本にもたくさん存在する。今必要なのは、それぞれが、共存共栄を目指し、協力し合って、小さな力を大きなパワーに変えていくことなのかもしれない。

石山智恵

フリージャーナリスト。NHK BS-1「経済最前線」、BS-TBS「女子才彩」など、主に報道・ドキュメンタリー番組のキャスターを19年間務めたのち、家族と渡英。City University Londonにて修士号取得。女性の働き方・生き方をテーマに取材を続ける。著書に『わたし色の生き方』(PHP研究所)。