やればやるほど広がる奥深さ

私が紳士服の仕立て職人という道を志したのは、スーツの仕立てという手仕事の感覚がとても好きになったからでした。

滝沢滋 仕立て職人 柳下望都さん

その気持ちの原点として思い出すのは、高校を卒業後、新宿にある文化服装学院に入って3年目のことです。紳士服のクラスを選んでメンズのパンツをひとりで仕立てたのですが、そのときメンズはレディースと比べて、デザインよりも縫製の技術を大切にしていることを実感したんです。

作りながら「これだ」と思いました。なにかこう、すごく楽しくて、自分がやりたかったのはこれなんだ、と思いました。作っていたのは何の変哲もない普通のものでしたが、仕立ての過程に手作業がいっぱい入っているし、細かいところにこだわりが詰まっていて、見えない場所にポケットが付いていたり、まつり縫いを駆使したり。これまで勉強してきたこととは全く違う感覚がありました。

それから続けてジャケットを仕立てたのですが、仕立ての技術というのはやればやるほど広がりが出てくるんです。まるで一つの宇宙のような気さえします。

それまで私は学校で学びながら、自分の将来について「これだ」という何かを見つけられないままでいました。特に服飾のデザインになると、自分よりすごい人がたくさんいて、その世界で身を立てる自信はありませんでした。

そんななかで出会った紳士服の仕立ては、自信を持つことができそうだと感じられるものだったんです。縫製はとても好きでしたし、だからこそ、これだけは他の人に負けないようにと思ってやってきたからです。

洋服の世界では、レディースは変化、メンズは進化とよく言われます。流行によって次々に形が変わっていくレディースに対して、例えば紳士服のスーツには歴史的な形というものがあります。その制約の中で、生地や仕立てといった中身が進化していく。そういう考え方もとても自分に合っているように感じたんですね。