対立する意見を交わして、町の総意をつくる

説明会には目黒区議会議員も何名か参加していた。2015年春に初当選した西崎つばさ氏もその1人だ。彼は、ブログでも保育園不足について訴えている。自身も小さな子供の父親で妻は看護師なので、他人事ではないのだ。

「保育園が足りないからつくっていこう! そう呼びかけています。基本的にどんどんつくるしかないのです」。保育園予定地は地元ではないが、目黒区内の他地域に影響も大きいと見て気にかけているという。

もう1人、保育園開園予定地のすぐ近くに住むというお母さんにも、話を聞くことができた。彼女は一時保育を利用する程度だが、周囲にはこの保育園の行く末を気にしている家庭がたくさんあって、開園を待ち望む声を聞くらしい。

「『私は賛成!』と声を上げて、住みづらくなるのは困るし、どうしたらいいか、もどかしい気持ちです。以前に説明会に参加したお母さんは、反対派の勢いに腰が引けてしまったそうです」

ノボリを目にして説明会などでの様子を知ると、町中が保育園開園に反対しているように見えるが、そうではないのではないか。菊川さんも西崎議員も、そしてたくさんのお母さんたちも、保育園を早くつくってほしいと思っている。その声は、反対派の大きな声にかき消されて聞こえてこないだけなのだ。

目黒区の資料(2015年4月調べ)によれば、同区平町2丁目周辺の待機児童数は17名、認可保育所の一次選考不承諾数は66名いる。この町に保育園を待望する家庭は、少なくともそれだけいるということだ。

保育園に期待する人より、反対派の声の方が大きい現状は、ネットの言論で言う「ノイジーマイノリティ」に似ている。炎上すると、全員が批判しているように見えるが、実際にはわずかな人々の強い声が聞こえているだけ。それとほとんど同じではないか。今の状況は、反対派の人々が目黒区と保育園側に異論を唱えているだけで、地域で保育園を望む人の声は議論に上がってきていない。

実は、議論は始まってもいなかったのだ。賛成の人は菊川さんに続いて声を上げるべきだと思う。保育園をなぜ望むのか、理由をはっきり示す。賛成意見と反対意見をきちんとぶつけ合うべきなのだ。どちらが正しいかではなく、どうしたら折り合いがつけられるか、その落とし所を探す努力はできるはずだ。

前回書いたように(「保育園は、町のインフラのひとつなのだと思う」http://woman.president.jp/articles/-/502)東京都の条例が「子供の声は騒音と見なさない」と改正されたのも、子育てと地域社会がどう向き合うか、今考え直す必要が出てきたからだ。保育園新設に反対する人々には、その問題意識は伝わっていないだろう。子供を抱える母親たちが、悩みを率直に声に出すのが、早道ではないか。多少の摩擦は引き起こしても意思表示すべきだと、菊川さんは教えてくれたのだと思う。

互いに理解するための努力をすれば、反対派の人々も、きっといつか笑って子供たちを迎えてくれると思う。そこには、私たちが見失っていたコミュニティが出現するのではないか。子供たちの声とお年寄りの笑い声が響き合う、本来の“町”が再びできていくはずだ。

境治(さかい・おさむ)
コピーライター/メディアコンサルタント
1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボッ ト、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランス。ブログ「クリエイティブビジネス論」でメディア論を展開し、メディアコンサル タントとしても活躍中。最近は育児と社会についても書いている。著書にハフィントンポストへの転載が発端となり綴った『赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない。(http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4990811607/presidentonline-22/)』(三輪舎刊)がある。