ヨーロッパに押し付けられた寡頭政治

チャーチルがシューマンプランに関する下院での議論で、野党保守党の党首として何を言ったかは、彼がこの件に関してどのように感じていたかを理解するうえで非常に重要である。この時期の議会におけるチャーチルはとにかく精力的だった。相変わらず世界中を飛び回り、地政学についての内容の濃い、長い演説もしている。戦争中の回顧録を続々と出版し、その後まもなくノーベル文学賞も受賞する。

年齢は75になろうとしていたが、議会では鉄道の貨物料金から、ビルマ、朝鮮、漁業、下院に設置したばかりのマイクロフォンの効率性にいたるまであらゆる問題について、毎日数えきれないほどの発言をしていた。

シューマンプランに関する論争の国会議事録を読むとじつに面白い。そこには齢のせいで彼が以前より丸くなったことを示すものは一切認められない。財務大臣はサー・スタッフォード・クリップス。堅物で、戦時中はチャーチルのライバルとして今考えてみれば滑稽に思えるほど持ち上げられた人物である。彼が先頭に立って政府のシューマンに対する消極的な反応を擁護したのだが、チャーチルはクリップスに対して「まったくくだらん!」「ナンセンス!」と叫んだ、と記録にはある。

とうとうクリップスは議場では静かにしているか、さもなければ外に出るようチャーチルに懇願せざるをえなかった。クラスの中の一番のいたずら坊主にいじめられてすっかり度を失った化学の教師のように。チャーチルが午後5時24分に立ち上がって話し始めたのは、今日の議会における議論とほぼ同じ内容の議論がなされた後だった。

労働党のヨーロッパ懐疑派議員たちは、この「高度な権限を持つ組織」が、これから出現する共同市場において官僚的な支配力を持ち、各国政府の厳密な承認がなくても行動できるという提案を非難した。この組織とは何様なのか、とある労働党議員は質した。われわれに指図するなんて、一体どんな権利を持っているというのか?

「これはヨーロッパに押し付けられた寡頭政治だ。彼らは恣意的な権力と巨大な影響力を行使して、わが国のすべての人々の生活に影響を及ぼすだろう」

彼らの発言はイギリスのヨーロッパ懐疑派の声を代表していた。そして現在、欧州委員会委員長を務めるジャン=クロード・ユンケル.ルクセンブルク人.と欧州委員会に対して使われる表現と酷似している。

これらすべてに対して、保守党の親ヨーロッパ派は、1950年のこの日の午後、これも今日でもよく聞かれるお馴染みの主張で応じたのだった。

「われわれは本当に孤立することを望んでいるのか?」とチャーチルの元議会担当秘書官ボブ・ブースビーは問い返した。「つまるところ、われわれを襲った今世紀の悪夢のような惨劇の大きな原因は、抑制を失った国家主権なのです」。ブースビーはチャーチル議員に、統一ヨーロッパの創出を支援し、ヨーロッパを再度救済するよう指導力を発揮することを強く要望して演説を終える。

次はそのチャーチルが野党党首として総括する番である。彼はどちらの側につくのか? チャーチルは無難に議論を始める。まずアトリー政権の無能力ぶりを攻撃する。もし私が首相だったら、フランスはこのことでイギリスを突然驚かすほど無礼ではなかっただろう。そして単刀直入に核心に迫る。そう、イギリスはシューマン会議に参加すべきだったと。そしてアトリーを指導力に欠けると非難するのである。

「アトリー氏は、(かつて砲艦外交をおしすすめた)パーマストン卿のような対外強硬派としてこれみよがしに立ち回り、自分と労働党に対する大衆の支持を得ようとしている」とチャーチルは続ける。ヨーロッパ関連の政策から逃げ腰のイギリス首相に対して向けられるおなじみの批判である。そしてチャーチルは、イギリスは取り残されてはならないというブースビーの見解を繰り返す。

イギリスにとっては、外野にとどまって物事をイギリス抜きで進められるよりも、話し合いに加わったほうがずっとよいのです。フランスには「不在者はいつも悪者にされる」という諺があります。ウィンチェスターでフランス語を教えるかどうかは私の知るところではありませんが(これは多分、反ヨーロッパ演説をしたばかりのインテリの労働党議員、リチャード・クロスマンを肴にしたジョークだろう。ウィンチェスターはクロスマンの母校である名門パブリックスクール)。イギリスの不在はヨーロッパのバランスを乱します。

もしイギリスが参加しなければ、ヨーロッパ圏は中立的な勢力として、モスクワとワシントンと等距離に立つリスクがあるとチャーチルは警告する。それは大失策だ。もし彼が首相だったら、イギリスはシューマンプランを受け入れていただろうか? 答えは、まちがいなくイエスだ。

本連載は書籍『チャーチル・ファクター』(ボリス・ジョンソン著)より抜粋。

(訳=石塚雅彦・小林恭子)
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