事業会社が自己資金で投資する「コーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC)」の設立が相次いでいる。今年2月には三井不動産が不動産会社として初めて総額50億円のファンド設立を発表した。約20年前にベンチャー支援を手がけ、今回のファンドを主導した北原義一・取締役専務執行役員に狙いを聞いた。

「浮利」を追う企業に投資するつもりはない

──事業会社のベンチャー投資には過熱感がある。なぜ参入するのか。
三井不動産 取締役専務執行役員 北原義一氏

【北原】人口減少や高齢化など日本は数多くの課題を抱えている。解決のためにはベンチャーの知恵が欠かせない。だが他社のファンドでは、短期的なリターンを追わざるをえない構造のものが多い。これに対し、我々のような不動産会社は10年単位で事業を考える。日本のベンチャー投資に長期的な視点を持ち込みたい。

──収益率が低くてもいいのか。

【北原】もちろんリターンは重要な指標だ。ただ、評価の指標がIRR(内部収益率)だけだと、短期に利益が出せるものしか評価できない。長期的に大きなリターンが見込めるような事業こそ社会的に大きな付加価値を生むと考えるため、そういった事業にも積極的に投資していきたい。

──出口戦略に躓く事例も出てきた。

【北原】最初からIPO(新規公開株)や大企業への事業譲渡といった「出口」を目的にしていると、大きな事業は生まれない。私は「メガネのレンズが曇ってしまう」と話している。起業家には新しい産業やサービスの創出への期待がある。他方で、資本市場は「社会の公器」として、創出を支援する機能を充実すべきだ。

──北原専務は1990年代に幕張でベンチャー向けオフィス事業を始めるなど、ベンチャー支援の経験が長い。生き残る企業はどこが違うか。

【北原】重要なのは起業の信念を持ち続けることだろう。「時代の寵児」として持て囃された結果、本業に力が入らなくなり、消えていった起業家は多い。社会に有用な財やサービスを提供するんだという信念を持ち、「浮利」を追わず、新しい価値観を描ける人を応援していきたい。

──本業にどのような影響があると期待しているのか。

【北原】当社物件の利用拡大にこだわっているわけではない。昨年4月に9人体制の「ベンチャー共創事業部」を立ち上げた。ベンチャーとの「共創」は意識変化を促すはずで、社内人材の掘り起こしを狙っている。

大企業の社員は、どうしても「歯車」としての仕事を優先しがちだ。日本の大企業の多くは「兼業禁止規定」を持つ。兼業が禁止され、与えられた職掌からはみ出せないため、様々な技術やスキルも眠ったままになっている。大企業の社員の「ベンチャー魂」を解放していきたい。

──事業会社のベンチャー投資は本気度が低く、「タニマチ」と揶揄されることもある。どう思うか。

【北原】「タニマチ」で上等だ。日本のベンチャー投資はまだまだ不十分。志を持った起業家が集い、我々の持つヒト、モノ、カネ、情報、商圏を起業家のために全力で提供していく。

当社では既存のベンチャーファンドに4件の出資をしているが、今回、CVCファンドを新設したのは、もっと踏み込んだ投資を実現するためだ。我々の本業で手がけてきた再開発事業は20~30年単位が普通。運用期間中の実績だけにこだわることなく、じっくりと街を育てるように、投資先を育てられれば、不動産事業にもいい循環をもたらすと確信している。

三井不動産 取締役専務執行役員 北原義一
1957年、東京都生まれ。80年早稲田大学政治経済学部卒業、三井不動産入社。2004年ビルディング事業企画部長、07年執行役員、08年常務、11年ビルディング本部長。13年より取締役専務執行役員。
(長倉克枝=構成 遠藤素子=撮影)
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