非効率な業界だからチャンスがある

【田原】非効率って、具体的にどういうことですか。

【松本】当時、印刷業界は市場規模が約6兆円で、日本のGDPの約1.2%あります。そのうち半分は大日本印刷と凸版印刷の大手2社が占めていて、残りの半分を約3万社の中堅中小が奪い合っているといういびつな状況です。市場規模に対して会社の数が多いため、機械の稼働率が低く、当時で40%台。半数以上の機械は動いていません。ここをもっと効率化すれば、お客様に安い料金で提供できます。

【田原】非効率な業界だからチャンスがあるというのはわかります。でも印刷業界は斜陽でしょう? 市場が縮小傾向にあるのに、よく選びましたね。

【松本】もともと9兆円の市場でしたから、縮小していることは確かです。原因は、人口動態とIT化。印刷は雑誌や書籍の占める割合が大きいのですが、子どもの数が減っているから漫画雑誌の発行部数も減ってしまいました。また、IT化で紙に印刷する機会も減っています。ただ、このように市場が縮小している業界だから選んだのです。市場が縮小している業界は新規参入がほとんどなく、イノベーションも起きていません。だからこそ、自分にも仕組みを変えられる可能性が高いんじゃないかと判断しました。

東京・品川区のラクスル本社にて

【田原】まず何から始めたのですか。

【松本】最初は価格比較サイトです。それまで印刷業界は、料金の相場があってないようなものでした。たとえばお金を持っていそうなお客さんなら、2倍の価格で見積もりを出すことも珍しくなかったんです。それをなくそうと思って、まずは印刷会社さんの料金を比較検討できるサイトをつくりました。たとえば名刺100枚刷ってほしければ、仕様を入れて検索すると、いちいち見積もりを取らずとも印刷会社と料金がわかるという仕組みです。

【田原】ユーザーのメリットはわかるけど、印刷会社は松本さんのところと一緒にやるメリットはあるの?

【松本】印刷会社さんには、サイトに登録することで新たな仕事が取れるチャンスが広がります。実際、1年で1000社以上が登録してくれました。

【田原】このサイトはうまくいったのですか。

【松本】はい。印刷会社さんをたくさん集めると、検索エンジンもいいサイトだと評価してくれて、いい位置に表示をしてくれます。その結果、ユーザーが増えて、マッチングの件数も増加。その様子を見てまた印刷会社さんの登録が増えるという好循環が生まれました。結局、3年間で登録は2000社。マッチングした仕事の量は、約6億円になりました。

【田原】価格比較サイトは軌道に乗ったのに、3年でビジネスモデルを変えたそうですね。どういうことか説明してもらえますか。

【松本】最初の3年間にやっていたのは、印刷会社と印刷してもらいたい人をつなぐマッチングサイトでした。これは印刷会社とお客様の直接の取引です。そのためお客様から見ると納品された名刺やチラシの品質に満足できなかったり、逆に印刷会社からは、印刷したのに料金が支払われなかったというリスクがありました。これを防ぐために、いったんラクスルとして受注して、印刷会社さんに発注する仕組みに変えました。あいだに私たちが入ることで品質が担保されるので、お客様は安心して注文できる。印刷会社さんも料金未回収のリスクをなくせます。