迷いと苦悩、さらには葛藤と失意

しかし、この自伝から滲み出てくるのは、そうした栄光ばかりではない。むしろ、迷いと苦悩、さらには葛藤と失意のほうが目立つ。それは、常に優勝争いを課せられたトップチームにあって、なみいる一流選手たちを統率し、好結果を出させなければならない主将の宿命かもしれない。目の前の目標を達成するのは自他ともに認める実力とたぐいまれなリーダーシップ。さらに、仲間から慕われる包容力である。そして、何よりも強く示すべきは勝利への執念だろう。モチベーションを維持するにはジェラードといえども日々悩み続けるしかなかった。

加えて、トップアスリートとしてのコンディションの維持管理がある。ずっと、レギュラーポジションにいれば、リーグ戦以外にも、いくつかのカップ戦のトーナメント、国を代表し欧州選手権やワールドカップも戦わなければならない。これらは勝ち進むほど試合数が増えていくのだ。いかに強靭といえども肉体は悲鳴をあげるし、怪我も負う。ジェラードも「特に30代になってから、僕が痛みや不安なしに試合に出られたことは数回しかなかった」と記している。

満身創痍にもかかわらず、戦い続けた勇気がどこから生まれるのかといえば、胸に輝く伝統のエンブレムを汚さないという責任感だったはずだ。と同時に彼を支えたのは、リヴァプールのチームメイトやスタッフであり、サポーター、そして何よりも妻と3人の娘たちだったろう。そのことは、本のもうひとつのタイトルが、チームの応援歌「You'll never walk alone.」を意訳した「君はひとりじゃない」であることからもわかる。

人は彼のような選手を“ワン・クラブ・マン”と呼ぶ。いまや、世界中のスターたちが高額な移籍金で有名クラブを渡り歩くなかで、ジェラードのような選手は珍しいのかもしれない。だからこそクラブのレジェンドになりえたのだ。本の終わり近く、彼は「いつかリヴァプールの監督ができたら最高だろうな」と綴った。

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