教育効果を高める生徒のモチベーション

AIを活用したウェブ配信を行えば、低コストで高度な内容の教育サービスを、場所や時間に制約されることなく提供できるようになる。とはいえ、教室での対面の指導が完全に不要となるわけではない。ウェブ配信の講義にも、弱点がないわけではないからである。

チェスにおいては、すでに1997年の時点で、IBMのAI「ディープ・ブルー」に世界チャンピオンが敗れている。現代の経済学の著名な論客であるT.コーエン氏は、AIの能力が人間の知能を上回るようになった後のチェスの学習に生じた変化について次のように語る(『大格差』NTT出版、2014年、pp.233-235)。

かつて、チェスの初心者は、格上のプレイヤーとの対局の経験を積むために、優れた指導者に師事する必要があった。しかし現在では、コンピュータと対局すればよいわけで、この点では人間の指導者の必要性は弱くなってきている。また、最初の差し手のレパートリーなどについても、コンピュータに教わることができるようになっている。ところが依然として、人間がチェスを学ぶには、人間の指導者が必要とされている。

ただし、そこでの人間の指導者の役割は、チェスの指し手そのものの指導から、チェスの学習へのモチベーションを高めたり、真面目に取り組む姿勢を引き出したり、心理面の技術を伝えたりするコーチング的なものへとシフトしている。もちろん、こうしたコーチングについても、ウェブを用いれば、対面指導よりはるかに低いコストで提供することが可能なのだが、それは人気がないという。

コーエン氏は、その背景にあるであろう人々の思いを、次のように代弁する。

「天才的なマシンに実用的な機能を任せたいとは、たしかに思う。けれども……人生の意味を見いだ……すことに関わる領域は、コンピュータに委ねたくない」(前掲書p.193)

教育の成果を高めるには、教える内容の質に加えて、教わる側のモチベーションの形成が必要である。AIとウェブの利用が進むなかで、はっきりしてきたのは、人間の指導者や講師は、教室でこの2つの仕事を行っていたということである。AIを活用したウェブ配信の講義の弱点は、後者のモチベーションの育成にある。学ぶ者のやる気を引き出し、あこがれの対象やお手本となるという点では、人間の指導者や講師に軍配があがる。