自分と会社との関係は変えることができる

社内で「会社は、会社は」と何度も言う同僚に、あなたが発言している会社というのは具体的には何を指しているのかと聞くと彼はうまく説明できなかった。自分が幻想として描いている会社を単に擬人化して話していたのだろう。社内のコミュニケーションがしっくりいかない背景には、社員が描いている会社像のズレが原因であることも多い。左遷だと思い込むこともこの幻想の中から生じている。

松下幸之助氏は、著書の中で「こんなつまらん会社がと思われるより、この会社は結構いい会社じゃないかといって働いてくれる人のほうがありがたい」と述べている。会社がそこで働く社員にとってどういう意味を持つかを彼は常に考えていたのだろう。悪感情を伴った幻想を社員が持つことを恐れていたのかもしれない。

もちろん幻想だからといって会社に意味がないということではない。私は会社組織の大切さは身をもって感じてきた。また誰もが多分に自らが描く幻想の中で生きている。ここでのポイントは、自らの頭で作り上げたものであるならば、組み替えることができるということだ。自分自身が変化することは難しいが、自分と会社との関係は切り替えることができる。

『左遷論』楠木新著 中央公論新社

左遷をチャンスに変えた人には、いくつかの共通項があった。一つは、左遷体験の中からヒントを見出していることだ。左遷に遭遇して「会社は自分にとって一体何なのか」「一緒に暮らす家族を顧みないでいいのか」「このままで定年後はイキイキ過ごせるのか」などを深く考える機会を持ったことが次のステップに結び付いている。会社に対する幻想を書き換えようとしていたのである。

もう一つは、自己実現というよりは、同僚や家族のことに思いをはせ、誰かに役に立つという姿勢を持っていることだ。重点が、自己に対する執着から他者への関心に移行している。だから周りの人が手を差し伸べやすくなり、左遷を転機にできる。逆に、自分だけのことを考えている人や自分自身に向き合うことに不誠実な人に対しては、周囲は手を施す術を持たない。結果として新たな展開が生まれにくい。

左遷をチャンスにするには、上記の二つの姿勢が大切であり、それは左遷のみならず、リストラや、自らの病気、事故に遭遇、家族の問題を抱えるといった挫折や不遇な状況になった時にも共通している。

私は1年前に36年間勤めた生命保険会社を定年退職した。すると、あれほど強くコミットしていた会社はすぐに頭の中から消え去った。まさに私にとっても会社は幻想だった。

そして組織で働く日本のビジネスパーソンはもっと気楽に過ごせることができる。また自分の大切なことをもっと大事にすることができると今は感じている。「いい顔」で働き続けるためには、左遷を転機にした人に学ぶことも価値があると思っているのだ。

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