2016年5月20日(金)

「築地の魚」を海外の飲食店へ。サムソナイトのオッチャンの話

築地、旬ばなし

dancyu 2014年4月号

文・福地享子 撮影・平野太呂

久しぶりにサムソナイトのオッチャンと、水産仲卸のある大通路で出会った。名前は知らないが、立ち話をする程度の顔見知り。知っているのは、海外旅行に持っていくような特大スーツケースが商売道具、ということだけ。

ニッポンの魚が人気の理由は、締め方、鮮度保持などさまざまな技術力もあってのこと。その技術力を輸出しよう、という提案も聞こえてくる今日このごろである。

「元気そう。儲かってるみたい」。市場流の挨拶をすると、オッチャンはまんざらでもない顔をした。とがった顎の線がいくらかまるくなり、表情まで柔らかくなったみたいだ。

「向こうへは相変わらず?」「でもまあ、築地に事務所持ったし、今は楽してますよ」。オッチャンは、もうサムソナイトのオッチャンではなくなっていた。

オッチャンを見かけたのは10年以上も前。あのころは市場で買い集めた魚を、その場で氷といっしょに特大のスーツケースに詰め、シンガポールだかバンコクだかの日本料理店へ運んでいた。たまに顔を合わすと「成田に今朝ついて、午後にはまた飛ばなくちゃ」。憔悴しきった表情でぼやいていた。

航空運賃まで払って商売になるのかと不思議だったが、人を雇い、事務所を持つまでになったのだから。ニッポンの魚のすごさで、オッチャンは十分に採算がとれていたのだ。

一匹オオカミ、ハンドキャリーで海外を行き来していたオッチャンのような例はごく稀だけど、このところ、そう和食がユネスコ無形文化遺産に登録される前後から、築地でも魚の輸出が目立つようになった。海外事業部をたち上げた仲卸さんもいる。香港の日本料理店へマグロや白身魚の輸出を手がける友人は「夜明け前に注文をもらえば、ディナーには間に合う」と聞いて驚く私に、「羽田~香港は4時間。時間的には都内と変わらんよ」。何をいまさらみたいな顔をした。

ごった返す朝の大通路。フライトの時間を追って、配送トラックへと走るターレ。「築地直送の魚」を囲む海外の食卓、のぞいてみたいもんですよねえ。

福地享子(ふくち・きょうこ)
水産仲卸の文化団体「銀鱗会」役員。フルーツトマトは春が旬。寝る前にざっくり切って蜂蜜タラりで冷蔵庫へ。翌朝おめざで食べる幸せときたら。
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福地 享子

かつて女性誌の編集者、その後、築地の鮮魚仲卸「濱長」の看板ネエサンとして大活躍。現在は築地の書庫「銀鱗文庫」役員。ここを拠点に、築地を走り回っている。