マニュアルがなく臨機応変に対応

日本有数の繁華街に立地する新宿本店は集客力も桁違いだ。休日ともなると店内がごったがえし、十分な接客ができずに、顧客満足度が下がってしまうこともある。短時間で効率的に接客し、顧客にクロージングしてもらうことが重要なのだ。幸野さんのピンポイント・トークは、それを実現する極意ともいえる。

そんな幸野さんのように、ABCマートの販売員は独学で接客のスキルを磨いていく。ABCマートは、実は必要最低限の接客マニュアルしかつくっていない。

「マニュアルに、接客のノウハウをすべて盛り込むことは難しいからです。接客はあらゆるシーンで臨機応変に対応しないといけません。販売員一人ひとりがノウハウを消化して、自分のものにするしかない。強いていうなら、販売員の模範になる“人づくり”はやっています」

こう説明するのは小野大輔さん。ABCマートの横浜港北・横浜ベイエリアスーパーバイザーとして、約30店舗の運営を統括するとともに、店長以下のスタッフを育成する任務を負っている。その小野さんは自分で在庫を取りにいっている間、接客に感激した顧客が小野さんのためにコーヒーを買って待っていたという伝説の持ち主でもある。

そうした小野さんのモットーは、「靴屋は靴ひもを結ぶこと」だそうで、その理由を「靴の試着のとき、必ずお客さまに寄り添って、両靴のひもを締めて差し上げます。私もこの眼で履き心地を確認し、お客さまに納得して買っていただきたいからです」と説明する。そういえば幸野さんも試着を大切にしていた。お客さまとの受け答えの最終目的も、この「靴ひも結び」「試着」にあるのかもしれない。

試着のフィット感も、満足のいく接客も、ネットショップでは決して味わえないものだ。ABCマートには、「靴を買うなら、あの店に行こう」と、顧客を引きつけるプロが集まっている。それが、ABCマートの圧倒的な販売力を支えているといえるだろう。

▼身なりからライフスタイルを想像

お客さまとの話のきっかけをつかむためには、お客さまのライフスタイルを的確に把握することが重要なポイントになる。そこで身なりや履いている靴から想像を巡らす。

▼営業トークの目的は靴ひもを結ぶこと

試着した靴が自分の足にぴったりしていたら、お客さまは納得して買う。結局、それまでの受け答えは、お客さまの足に合ったお気に入りの靴をピンポイントで探し出すためにある。

エービーシー・マート 新宿本店ストアー・マネージャー 幸野隆文(こうの・たかふみ)
1986年、熊本県生まれ。大学在学中の2009年4月から同社でアルバイト。10年4月、正社員となり、14年3月から現職。
 
(加々美義人=撮影)
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