3.学習(未来へ向けての役割)

会社史は、企業の過去の遺産を伝える教育的機能にとどまらず、企業の未来を拓くイノベーションや改革に糸口を与える役割もはたす。会社史の学習的機能とでも呼ぶべきものである。

そもそもイノベーションは、どのように生じるのか。最近の経営学の研究によれば、それは一人の天才や一人の偉人によって起きるものではない。イノベーションは、それが必要だという共通認識をもつ多くのプレーヤーが、互いに切磋琢磨して知識をぶつけ合う相互作用のなかではじめて生まれる。そのためには、ベクトルの方向性が共有されることと、いろいろな知識が相互作用を起こすことが重要である。会社史およびそのバックデータ(企業史・資料)は、共有すべき方向性について示唆を与えるとともに、相互作用の起点となる知識やそれの所在を示す情報を提供するものとして、大きな役割をはたしうる。

企業の未来を拓くという意味では、イノベーションのみならず、制度改革も重要な意味をもつ。企業だけに限られるわけではないが、特定の組織が改革を行うときには、「シークエンス」という言葉がキーワードとして浮かび上がってくる。シークエンスとは、改革の筋道のことである。

どんなに正しい理論にもとづいて改革を打ち出したとしても、それだけで首尾よくコトが進むほど、組織は単純にはできていない。改革を成功させるえでは、段取り、順序、担い手など、コンテクストやプレーヤーが決定的な意味をもつ。良い会社史には、単に過去の事実や知識が記述されているだけでなく、かつてその企業が実行した大きな改革についてのシークエンスが書き込まれている。いつ、どこから着手するか、誰が担い手となるか、会社内にいかなる抵抗があるか、取引先等の各ステークホルダーとのあいだでどのような調整が必要とされるか、などの改革にかかわるシークエンスについて、会社史はさまざまな教訓を与えてくれる。さきに「会社史は企業の未来を拓くイノベーションや改革に糸口を与える学習的機能をもつ」と述べたのは、以上のような理由によるものである。