タイで東大教授とプロジェクト開始

【田原】その後はどうしたのですか。

【牧浦】大学を辞めることにして、いったん日本に帰りました。

【田原】大学には通っていたの?

【牧浦】アフリカからもオンラインで授業を受けられるので、ほとんど行きませんでした。ただ、課題に時間は取られるし、試験も年に2回ある。それで1年で辞めることにしました。

【田原】それから?

【牧浦】次はタイでデータ関連事業を始めました。最初に考えたのは、携帯電話の利用者から位置情報を提供してもらうかわりに、通信料を毎日1~2ドル還元する事業です。利用者から集めた位置情報は、都市開発に利用します。バンコクはとにかく渋滞がひどくて、移動に時間がかかります。そこで人の流れを調べて、どこに信号をつけたらいいかとか、バスの路線をどうすればいいかといったことを研究してもらうのです。

【田原】それはうまくいったんですか。

【牧浦】いえ。位置情報を集めるアプリは1万ダウンロードまでいったのですが、タイ全土で1万だと、1つの町に2~3人くらいなんです。その人数だとデータを集めても何もわからない。東大で位置情報の研究をしている柴崎亮介先生との共同プロジェクトだったのですが、結局、うまくいきませんでした。

【田原】ものにならなかったんですか。

【牧浦】はい。その後でアプリから健康情報を送ってもらうかわりに薬局のクーポンを発行する事業を立ち上げました。

【田原】どういうことですか。

【牧浦】タイは政府の支援があって薬局の数は多いのですが、薬が高くて、みんなあんまり薬局に行かないんです。そこでアプリの利用者に近隣の薬局のクーポンを発行。そこに送客して薬が売れたら、薬局から5~10%のフィーをもらうというビジネスモデルです。規模は小さいですが、これは何とか軌道に乗って、いま社員は40人ぐらいになりました。

【田原】どうしてタイだったの?

【牧浦】もともと東南アジアに興味があったんです。東南アジアはアフリカより発展していますが、経済が急成長した国は貧富の差がかえって大きくなっていて、ミドルクラス以下の人たちが苦労しています。その層を応援するサービスをやりたいという気持ちは、ずっと持っていました。なかでもタイを選んだのは、忘れられた国だから。いま起業家が注目しているのは、インドネシアやインド、フィリピンです。タイには日本企業が数多く進出していますが、最近の流れから取り残されている感があって、それなら僕がやろうと。