なぜツアー客全員が「号泣」してしまうのか

【弘兼】唐池さんは社長時代、「ななつ星」の乗客全員に挨拶をされていたそうですね。徹底していますね。

【唐池】火曜日と土曜日が出発日なんです。火曜日は3泊4日のスタート。金曜日に戻ってきて、翌日の土曜日が1泊2日のスタートなんです。その火曜日と土曜日の朝10時から11時頃、博多駅の3階につくったラウンジにお客さまが集まりますから、毎回、挨拶にうかがいました。弘兼先生が「ななつ星」をご覧になったのは、何曜日でしたか?

【弘兼】金曜日ですね。

【唐池】そうでしたか。出発前に見ていただくのとは、ちょっと違うんですよね。金曜日は戻ってきたところで、車両が疲れていますから。

【弘兼】車両も「疲れる」のですね。

【唐池】出発前は、車両も空気も、緊張感に満ち満ちています。一方、帰ってきたときには、感動で涙を流されるお客さまがほとんどです。お客さま同士やクルーたちが、本当に親しくなる。最後は「ありがとう」と手を取り合いながら号泣するんです。

【弘兼】わずか3泊4日で、それだけの人間関係ができるのですか。

【唐池】乗車されるのは、偶然集まったというのではなく、「ななつ星」を目一杯楽しみたいという方ばかりです。お客さま同士が楽しさを高め合っていくようなところがあります。

【弘兼】「私も当選してよかった」と意気投合するんでしょうね。

【唐池】そうなんです。抽選の翌日に、担当のツアーデスクから電話で一報を入れます。倍率が30倍近くになるので、なかなか当選しません。お客さまごとに担当者が決まっていますから、「ついに当選しました」と伝えると、感情がこみ上げて、電話をしながら泣いてしまうそうです。

【弘兼】乗客のみなさんは、だいたいおいくつぐらいなんですか。

【唐池】お客さまの平均年齢は65歳です。「ななつ星」のコンセプトは「新たな人生にめぐり逢う、旅」。車窓をぼんやり眺めながら、これまでの来し方を振り返っていただき、そしてこれからの人生に思いを馳せてほしい。それが新たな人生にめぐり逢うことになる。そう考えました。

【弘兼】「ななつ星」には、何か不思議な力がありそうですね。

【唐池】なぜか、と考えると、列車にこめられた“気”ではないかと思うんです。何千人という職人さんが、「世界一の列車をつくる」という思いで、魂を込めてくださった。特に車両ができあがるまでの最後の2カ月間、組み立ての現場は戦場のようでした。とりわけ妥協を知らないのが、デザイナーの水戸岡鋭治さん。私の言うことなんて、まったく聞き入れられません。

(1)「ななつ星in九州」の外観。ディーゼル機関車1両と、客車7両で編成されている。(2)営業運転を終えた後、博多駅から試乗した。(3)1号車のラウンジカー「ブルームーン」。(4)「DXスイートA」の客室。14の客室はすべてシャワー・トイレ・空調を完備。(5)展望用に窓を大きく設えている。