1室75万円が316倍「ななつ星」の大成功

2013年10月に登場した「ななつ星in九州」は、車両から価格まですべてが革新的な豪華寝台列車だ。客車7両全14室には、約30億円が投じられた。1泊2日と3泊4日の2つの運行ルートがあり、1泊2日では2名1室で1人21万円から。最高額となる3泊4日の最後尾の客室「DXスイートA」は2名1室で1人75万円となる。
開業以後、人気は高まる一方だ。2015年10月から2016年2月出発分には6854件の申し込みがあり、平均倍率は33倍に達した。特に人気が高いのは3泊4日75万円の「DXスイートA」で、最も申し込みが多かった日の倍率は過去最高の316倍だった。満足度も高く、全体の申し込みのうち27%は乗車経験をもつリピーターだという。
この反響を受け、JR東日本や西日本も、豪華寝台列車を投入予定だ。

【弘兼】昔から考えていたのですか。

【唐池】はい。30年ほど前、社外の友人に「九州に豪華な寝台列車を走らせたらヒットしますよ」と言われて、「これはいいアイデアだな」と思っていたんです。しかし当時の私は営業部販売課の副長。社長になるまで密かに企画をあたためていました。ところが「ななつ星」を発表すると、いろいろな人から「昔から言っていたあの寝台列車、ようやくできたんですね」と言われました。

【弘兼】無意識に話してしまうほど、渾身の企画だったわけですね。

【唐池】しかも私の感覚では「社長になって2年ぐらい」と思っていたんですが、調べてみると、就任してすぐに検討を指示しているんです。2009年6月に社長となって、2カ月後の8月には検討結果が出ている。こういう豪華列車を走らせることは技術的に可能か。いろいろな問題はあるけれど、いずれもクリアできそうだ、と。「じゃあ、やってみよう」と開発を始めました。これは社長でないとできませんからね。

【弘兼】投資額は1編成で30億円。新幹線並みの金額だそうですね。回収にはかなり時間がかかるのでは?

【唐池】年間の売上高は5億円程度ですから、投資の回収には時間がかかります。ただ、走り出して1カ月ぐらいは数多くのメディアに取り上げていただき、大きな宣伝効果がありました。広告に換算すると約200億円分です。JR九州では「ななつ星」のほかに、9つの「デザイン&ストーリー列車」(観光列車)を運行しているのですが、こちらのお客さまが急に増えました。

【弘兼】波及効果があったんですね。

【唐池】それに、いまでもたくさんの方が九州各地へ「ななつ星」を見にきてくださる。たとえば毎週火曜日に博多駅を出発する「ななつ星」は、その日の夕方に由布院へ入ります。駅から少し離れた丘に旅館があるのですが、そこは「ななつ星」を撮影する絶好のスポットなんですね。だから火曜日は満室になるそうです。

【弘兼】なるほど。そう考えると、数字には表れなくても、九州全域に大きな経済効果があるでしょうね。

【唐池】そう思いますね。たまたまですけど、当社の業績も「ななつ星」以降、本当にいいんですよ。

(1)対談はJR九州が運営する東京・港区の料理店「赤坂うまや」で行われた。建物のオーナーは歌舞伎役者の市川猿之助さん(現・猿翁)。2002年の稽古場新築時に同店が入った。(2)築150年の民家の古木が使われている。(3)屋外の席も。(4)玉姫稲荷がみえる。(5)昼食の一例。