2016年3月23日(水)

米軍も諦めた研究を実用化! 人工クモの糸で産業革命【1】 -対談:スパイバー社長 関山和秀×田原総一朗

田原総一朗の「次代への遺言」

PRESIDENT 2016年2月1日号

村上 敬=構成 宇佐美雅浩=撮影
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山形・鶴岡に、米軍もNASAも断念した「夢の繊維」をつくった男がいる。関山和秀、32歳。鋼鉄より強いというクモの糸の人工合成に世界で初めて成功。自動車や飛行機への応用も目指すという。

文系志望からバイオの道へ

【田原】まず関山さんとバイオの出合いをうかがいましょう。関山さんは、もともと文系だそうですね。

【関山】はい。幼稚舎から慶応にいて、大学は商学部に進むつもりでした。

【田原】経営者になろうと考えていたのですか。

スパイバー社長 関山和秀氏

【関山】父も祖父も事業をやっていたので、自分がサラリーマンになることはあまり想像していませんでした。弊社の創業メンバー3人は昔からの友人ですが、高校時代は「戦争をなくすにはどんな課題を解決すればいいか」「課題解決のためにどのような事業をすべきか」という話ばかりしていました。落第さえしなければ受験なしで大学に行けたので、考える時間だけはたっぷりあった(笑)。

【田原】ところが実際は商学部ではなく、環境情報学部にお入りになった。どうしてですか。

【関山】環境情報学部の説明会で、冨田勝教授に出会ったんです。冨田さんは説明会で、エネルギー問題や食糧問題など地球規模の課題を解決するためのキーテクノロジーはバイオだと熱く語っていました。私は、エネルギーや食糧が戦争を引き起こす原因の1つだと考えていたので、なるほど、バイオをやればいいのかと。

【田原】バイオといっても幅が広いですよね。

【関山】冨田さんが研究されていたのは、生物学と情報科学の融合領域です。これまでのバイオは、細胞の中の分子の機能を細かく研究していく分子生物学的なアプローチが主流でした。しかしヒトゲノムが読まれる時代になると、膨大な分子1個1個を見ていくより、細胞をシステムとして理解することが大切になっていきます。その先には、有用微生物をコンピュータでデザインして工業的に利用する時代もやってくる。そのための研究施設を山形の鶴岡でつくると聞き、そこで学んでみたいなと。

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