2016年4月1日(金)

まるで江戸前寿司! 「美食の聖地」から生まれたピンチョス

dancyu 2014年5月号

文・堀越典子 撮影・山澤伸

1946年。その小さなピンチョスは生まれた。所はスペイン北部、フランス国境に近いバスク地方の港町サンセバスティアン。今や「美食の聖地」としての名声揺るぎないこの街が、まだ鄙びた漁師町の趣を残していた時代の話である。主役の名前は“ヒルダ(GILDA)”。バスク語の発音で“ギルダ”とも呼ぶ。酢漬けの青唐辛子、アンチョビ、オリーブの実を串に刺しただけの、素っ気ないほどにシンプルな、しかし郷土の誇りに満ちた古典的名作。江戸前寿司の粋にも通じるピンチョスの原点を探るべく、サンセバスティアンのバル街へ繰り出した。

土台に高級なトロマグロのツナをあしらった贅沢版

星付きレストランの密集度から、世界一の美食の街として知られるスペインのサンセバスティアン。庶民的な立ち飲みスタイルのバルも多く、地元の言葉で“ポテオ”と呼ばれるはしご酒の楽しみに事欠かない街だ。暮れ六つから夜にかけて、小さな街中にひしめくバルというバルは活気と高揚感に満たされる。1杯飲み、つまんでは河岸を替え、奢り奢られ、おしゃべりに熱中する人々。その中心には、バスクスタイルの一口つまみ「ピンチョス」。色、素材、盛りつけとも百花繚乱、自慢の海産物やフォアグラなど驕った材料の豪華版も少なくない中で、口の肥えたバスクの人々が真っ先に手を伸ばすピンチョスの基本形。“ヒルダ”とは、そんな肴である。

誕生の舞台となったのは、1942年創業のバル。発祥店「CASA VALLES」は、今もサンセバスティアンの市中に健在だ。地元客で賑わう店を訪ねると、やはりというべきか、大皿にこんもりと盛り上げたヒルダが目に飛び込んできた。

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堀越 典子