時計ビジネスのプロを動かしたブランドの財産とは?

プレシジョン・エンジニアリングではひげゼンマイやエスケープメント(脱進機)の供給も行う。現在、およそ20社と取引があるという。
H.モーザー「パイオニア・センターセコンド」。ブランド曰く“初のスポーティーな“コレクション。とはいってもデザインは至って控えめで、針やインデックス、ケースのフォルムの微妙なさじ加減のみでスポーティーさを演出している。シンプルであること、上品であることはこのブランドの根底に息づくアイデンティティーだ。●18Kレッドゴールド。ケース径42.8mm。自動巻き。ラバーストラップ。280万円(税抜き)

ジョージ・ヘンリー・メイラン氏は時計業界で40年以上のキャリアを持つ人物。1997年からはオーデマ ピゲのCEOを務め、退任後の2006年には主に高級時計を取り扱うMELBホールディングスを自ら立ち上げた。

H.モーザーとの出会いは、このブランドに投資していた弁護士の知人を通じてだった。当初はブランドの外部から再建に向けてコンサルティング等を行っていたが、次第に自分たちでこのブランドを立て直したいという思いが強まっていった。経営状況こそ改善が必要だったが、高級時計の世界に精通したメイラン氏を動かすほどの魅力があったからだ。氏はその理由を次のように話す。

「私がH.モーザーの買収を決めた理由は3つあります。まずは、ブランドが持っている歴史。ロシアで成功を収め故郷シャフハウゼンの発展にも貢献したハインリッヒ・モーザーの起業家としての生き方も尊敬できる。2つ目はH.モーザーの製品が素晴らしかったこと。例えば、針やダイヤルなどのディテールが美しく、シンプルでありながらも個性がある。シンプルと個性を両立させるのは思いのほか難しいものです。

そして最も大きかったのは、自社でムーブメントが製造できる点でした。H.モーザーはプレシジョン・エンジニアリングという会社を持っていますが、そこではひげゼンマイ、テンワなどのパーツを含めてムーブメントを内製できる体制が整っている。現在はマニュファクチュールをうたうブランドが多いけれど、ひげゼンマイまでつくれるブランドはスイスでもわずか数社しかない。これは大きな財産だと思いました。われわれの持っているノウハウやコネクションなどを駆使すれば、必ずや再建できると考えたのです」

2013年、メイラン氏の長男であるエドゥアルド・メイラン氏をCEOに据え、新生H.モーザーが始動する。それまで問題となっていたムーブメントの信頼性やディストリビューションなどをてこ入れし、またマニュファクチュールの強みを生かして新型ムーブメントの開発に着手。現在8個の自社製キャリバーを擁し、今年4月にはブランド初のスポーティーなコレクションとなる「パイオニア」もローンチ。新生H.モーザーの新たな船出を強く印象付けた。