偏見を持つ側が思い描いたことが現実化する

悪いことに、こうした差別や偏見がいったん固定されると、それにそぐわない情報は伝わりにくくなる。

豪州で嘉志摩佳久らが行った伝言ゲーム(連鎖的再生法)の実験がある(Kashima,2000)。男性の上司を自宅に招いてパーティーを催したカップルについて描いた小話を、人から人に伝えていくというものだ。

登場人物の男性には、「上司の機嫌を取って昇進を目指している」といった男性のステレオタイプに一致する面がある一方、家事をこなすなどステレオタイプに反する面もある。女性も同様で、「料理の準備をしっかりした」かと思えば、「遅い時間まで外で飲んで帰る」など、女性らしい、らしくないの両方がある。

最初の伝言では、それぞれの性別から見て「意外」な点が、わずかだが強調される傾向があった。しかし、伝達者を経るにつれ、男女それぞれのステレオタイプに一致する情報の比重が増えていき、最後は逆転した。

自分が直接知らない対象についての噂は、その対象への先入観と一致した内容のみが人々の口に上り、伝えられていく傾向がある――これは、米心理学者G・オルポートらの別個の研究(Allport&Postman,1947)でも示されている。

さらに偏見という厄介者は、「偏見を持つ側が思い描いたことが現実化する」という傾向をも併せ持つ。

素行に問題アリとされた生徒を指して「札付き」などということがある。すると、その生徒は自分が問題児として見られていることを感じ、強く反発する。その結果、乱暴な言葉や暴力が目につきがちになる。すると、「ほら、やっぱり」と偏見が裏付けされ、正当化されてしまう。

欧米でイスラム教徒が、社会的偏見からテロリストのような扱いを受ければ、世の中を恨んでテロリストになってしまう者が実際に出てくる可能性がある。そこから「偏見があるからテロリストが生まれ、テロリストが生まれるから偏見がなくならない」という悪循環に繋がる。