──より効果的で企業側にもメリットをもたらす企業誘致のあり方を、どのように考えますか。

【上村】例えば、およそ30年も前、テクノポリス法や頭脳立地法のもとでハイテク産業向けにハコモノを用意する政策は、限定的な効果にとどまったわけです。逆に企業誘致の成功例というのは、時代を問わず多くの場合、自治体が国に依存したり、追従したりする形ではありません。取り組みに自治体の強い主体性が感じられるのです。それらは、まさしく「戦略型企業誘致」と呼ぶにふさわしいと思います。

戦略型企業誘致を具体的に考えるとき、いまでも参考にされるのが、東北地方の内陸部にある都市です。約60年前の1950年代後半、当時は臨海部の工業地帯が発展した時代ですが、この市は農業の余剰労働力といった豊富な労働力などを背景とし、地域の工業化に挑みました。振り返って、主に4つの方針や判断が評価されます。

市が自主的に目標を明確化して独自性ある誘致策を展開したこと。ある程度の産業集積が形成されてからは周辺産業の拠点化にも力を入れたこと。製造部門を中心としつつ、物流や研究開発といった幅広い部門を誘致したこと。そして立地企業の技術の高度化やイノベーション創出の支援など、立地後も企業の発展に向け、きめ細かなフォローを継続したこと。

同市の約60年間もの道のりを、いまから他地域が同じようにたどることは現実的でないかもしれません。でも学ぶべき要素は多いのです。成功要因をもとに戦略型企業誘致のあり方をアップデートすると、3つのポイントに集約されます。

第1に、自治体が既存の産業集積や労働力といった地域資源の特性をしっかり把握する。第2に、地域資源である地場産業と外部からの立地企業が連携できるような誘致ターゲットを設定する。第3に、誘致後も、きめ細やかなフォローを続ける。この継続フォローは、60年経った今日もなお有効な施策で、むしろ企業誘致における必須条件といっていいでしょう。

国内回帰の動きがさらに広がる可能性も

先に政府による産業立地政策の変遷で触れたとおり、1990年代以降は、日本企業による海外生産に一段と拍車がかかった。市場のグローバル化と円高基調に対応し地産地消を推進するとともに、人件費を削減することも大きな目的だった。企業側にとっては、自社の成長を維持する戦略型立地だったといえる。

しかし2013年からの円安の進行を受けて、生産の国内回帰がキーワードとなりつつある。経済産業省による14年の調査では、「過去2年間に製品・部品生産を海外から国内に戻した企業」が13.3%あった。また、上村さんが所属するみずほ総合研究所が新聞報道を調べたところ、「国内回帰」という言葉を含む記事が15年に入って急増し、100件を上回る月も多かったという。

──生産の国内回帰の実態を、どのように見ていますか。

【上村】同じ製造業でも分野ごと、企業ごとに、いまはバラつきがあるのが実態でしょう。ともあれ海外生産一辺倒でなくなってきたことは間違いありません。海外で工場を新設するよりは、国内の生産設備の稼働率アップが選択されている状況です。また当社の経済調査部による分析では、人件費に部品などの中間投入コストを加えた生産コストは、日本と新興国との差が円安の影響である程度縮小しており、今後も円安基調が続くとすれば、国内回帰の動きがさらに広がっていく可能性もあるとみられています。

半面、市場との近接性や原料調達の利便性のほうが、より重視されることもあります。それらにおいても国内が勝る場合に、国内生産はいっそう拡大されるのでしょう。

国内の製造業に期待されるのは、円安だけに頼らない前向きな国内拠点の充実・高度化でしょう。研究開発施設やマザー工場として国内拠点の機能を高めると同時に、新規成長分野を開拓していくことが重要です。開拓候補としては、市場規模や国内経済への波及効果などの点で次世代自動車や高速鉄道、航空機などの交通・インフラ関連や医療関連などが有望と考えられます。こうした新規産業分野で世界的なデファクトスタンダードを確立し、国内外の需要を取り込むことで、グローバル規模の成長へ道が開けるでしょう。

──新たな海外進出ですと、新興国のカントリーリスクを指摘する声も根強いのが現実です。

【上村】そうですね。その企業の情報収集能力が十分か、海外進出の実績があるかなどが進出後の結果に大きな影響を与えると思います。人件費を低く抑えることだけを考えて新興国に新たに進出する場合は、労働力の質の確保の問題も含め、カントリーリスクにさらされる可能性があります。

経済産業省の工場立地動向調査でも、海外と比較検討し国内立地を決めた理由として、労働力の質はトップを占めている(下図参照)。


工場立地動向調査によると、海外では良質な労働力の確保が難しいとの理由から、国内立地を決めた企業の割合が高かった。次いで内需向けの工場の場合に、国内立地が選ばれている。市場に近ければニーズに的確に対応しやすい利点もあるが、円安のため逆輸入モデルが成り立たないことも要因だろう。
出所:経済産業省「平成27年上期 工場立地動向調査」

このほか、ある大企業の例だが、国内に置いたマザー工場で生産の自動化によるコスト削減も進められている。いまや労働集約的な海外工場を上回るコスト競争力に達しているとされ、いずれ海外でも自動化を導入する構想だという。上村さんも「新たな発展段階として可能性のある動き」としており、生産の自動化は海外での労働力リスク回避ばかりでなく、国内での人手不足解消にも期待がもてそうだ。