私がこのように考えるのは、やはり歌舞伎の世界に5歳のときから身を置いているからでしょう。今38歳なので、歌舞伎に関しては勤続33年。比べられるものではありませんが、大卒で入社した人が55歳になるくらいの経験をこの年齢でしているわけです。普通の企業に勤めていたら、私の社会人経験は15年程度です。これでは、大切なことはほとんどわからないでしょう。やはり、30年、40年かけて1つのことに打ち込まないと、見えないものもあると思います。

歌舞伎の公演は、1カ月にわたって同じ演目を同じ配役で毎日4~8時間行います。一見してとても非効率です。しかし、物事の本質を掴むうえで、毎日同じことをするのは大切なことです。同じことを毎日続けるからこそ0.01ミリメートルの違いに気づける。一流のアスリート、芸術家、経営者と呼ばれる人たちが、毎日のルーティンを大切にするのは、きたるべき決断のための感覚を研ぎ澄ませているのでしょう。

争いを避け、みんなと仲良く歩調を合わせるのが、日本企業では歓迎されるのかもしれません。ですが、それでは本質を見失います。愛想笑いはもうやめましょうよ。早く「八方美人」をやめないと、組織はもたないのではないですか。このままでは、日本は世界で勝負できないでしょう。

市川海老蔵(いちかわ・えびぞう)
歌舞伎役者。市川團十郎の長男として生まれ、歌舞伎座『暫』の鎌倉権五郎ほかで11代目市川海老蔵を襲名。歌舞伎以外の舞台やドラマ、映画などでも精力的に活動する。フジャイラ公演(問い合わせはZen-A TEL/03-3538-2300)では“歌舞伎とは何か”で終わってしまいがちな公演を“楽しむ”まで伝えようと模索が続く。
(大高志帆=取材・構成 森本真哉=撮影)
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