2016年2月6日(土)

漫画家 弘兼憲史「幼少期に見た“記憶に残る”映画4本」

プレジデントFamily 2016年冬号

柳橋閑=構成 市来朋久=撮影
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僕は山口県の岩国市の出身なんですが、幼いころは家の隣が映画館だったので、よくタダで入れてもらいました。嵐寛寿郎の『鞍馬天狗』などを見ていた覚えがあります。

漫画家 弘兼憲史さん

父親も映画が好きで、しょっちゅう映画館に連れていってくれました。最初の記憶はジョン・ウェインの『硫黄島の砂』という戦争映画。幼稚園に上がる前だったと思います。僕はまだ字幕も読めなかったんですが、映像を見るだけで十分楽しかった。

いま思えば、親父にとっては仕事をサボる口実だったんですね。ガソリンの販売会社をやっていたんですけど、子供を連れていると抜け出しやすかったんでしょう。映画だけじゃなくて、「今日はボートを見に行こう」「馬を見に行こう」と、競艇や競馬にも連れていかれました。

電気蓄音機でタンゴやシャンソンを聴き、パーカーの万年筆、オメガの腕時計、ロンソンのライターを持っていて、顔はポール・ニューマン似。寡黙で多くを語りませんでしたが、洒落(しゃれ)た趣味人の一面があって、なかなかおもしろい親父でした。

映画から帰ってくると、僕は必ず印象に残ったシーンをクレヨンで絵に描いていました。ジョン・ウェインの顔は目を三日月形に描くのがコツだと気づいてね。親父も「似てるな」とほめてくれました。

小学生になると、鉛筆で“リアル精密画”を描くのに凝りました。映画俳優の顔写真をマス目で区切って、別の紙に拡大して描いていくんです。食パンの耳や丸めた紙でこすってボカシを入れたりもしました。石原裕次郎や浅丘ルリ子を描いて友達にあげると、すごく喜ばれましたね。

母親は呉服店をやっていて、とにかく毎日忙しかったから、一緒に映画へ行くといえば正月ぐらい。「寅さん」シリーズもそうですが、当時は「正月映画」という言葉があったぐらいで、正月に映画を見るというのは国民的な習慣でした。

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