一方、必ずしも実力ではない、単なる巡り合わせや、偶然の連鎖による「不調」のときには、気分転換をすることを心がけているのだと羽生さん。

散歩をしたり、旅行をしたり、将棋と関係のない本を読んだり、あるいは髪の毛を切ったりすることもあるのだという。

「髪の毛を切る」と羽生さんが発言したところで、私は羽生さんの頭をまじまじと見つめてしまった。将棋に集中しているイメージの羽生さんが、そんな身だしなみを気にかけるところが、なんだか面白い。

「羽生さんと言えば、寝癖ですよね」と言うと、「いやあ、前は、寝癖になりやすい髪質でしたが、最近はそうでもないんですよ。ただ、一度、寝癖というイメージがついてしまったので、今でも、羽生は寝癖だ、と思っている方が多いようです」と羽生さん。

確かに、間近に見る羽生さんの髪の毛には、目立った寝癖はなかった。

寝癖はともかく、羽生さんの言われることは大変面白い。仕事のうえでも、人生のうえでも、たまたま不調ということはある。そんなときは、実力云々よりも、むしろそのことで感情が動揺することのケアをしなければならない。

感情のケアには、気分転換が大切である。脳は、「根拠のない自信」がないとうまく働いてくれない。根拠のない自信を再構築するには、少し違うことをやってみるのがいい。

一方、不調が続いて、明らかに実力不足というときには、今度は感情だけでなく能力のケアをしなければならない。基礎からもう一度勉強し直したり、仕事のやり方や日々の習慣を見直し、いわば外から自分を「メタ認知」して、冷静に分析してみなければならない。

不調は、誰にでもある。そんなときに、感情のケアという軟らかいアプローチと、冷静な実力の再点検という硬いアプローチを組み合わせた「硬軟自在」のやり方は、厳しい勝負を積み重ねてきた羽生さんならではの、すばらしい方法論である。

人間は、理性なしでは仕事ができないが、感情の支えもまた必要である。理性と感情の両輪あってこその「羽生マジック」だろう。

(写真=時事通信フォト)
【関連記事】
羽生善治×丹羽宇一郎「土壇場、修羅場の切り抜け方」
なぜ、心が折れない人は「とことん悩む」時間を作るのか
仕事で先が見えないときの踏ん張り方
超訳! ハーバードのポジティブ心理学
逆境にあっても、不快を「快」に変えられるか