日本の「失われた20年」はいま、異なる意味合いを持ち始めている。バブル崩壊からゼロ年代の途中までは、経済の停滞、構造改革の滞り、社会の閉鎖性に国際的な非難が寄せられた。しかしイラク戦争の苦戦、リーマン・ショックに続く世界不況を経たいま、果たして日本問題は特殊だったのかが問われ始めている。

欧州危機は、サブプライムローン破綻をきっかけとしつつも、それにとどまらない問題を浮き彫りにした。それは、先進国とはいえ分不相応な歳出を続け、資本主義と民主主義が互いに甘えて責任回避しようとする構図であった。移民や難民をめぐる内政や軋轢も、欧州のアキレス腱である。

米国の経済はこのところ好調であり、活力も失ってはいない。ただし内政上の課題は山積しており、それを敏感に感じ取った国民は外交に目を向ける指導者の裾をひっぱるようにして「帝国」から少しずつ撤退しはじめている。

対して日本はどうだろうか。本書が提示する課題は広範だ。人口減が予測されていたのに地方の衰退を止められなかったことや、企業競争力の低下、グローバル化の影響を雇用形態の不平等によって一部の層に押し付けたことなどに始まり、外交や教育分野でグローバル化やアジアの勃興に対応しきれず失われた機会についても考察する。浮き彫りになるのは、過去の成功体験に囚われ、未来の犠牲の上にいまを積み重ねる日本の姿である。

日本の危機は、静かな危機である。先進国の中でも類を見ない規模で長寿化に伴う少子高齢化を経験しつつある。国富には限りがあり、中国の台頭を受けてこのところ増している内向きの感情が、国内のパイの奪い合いにつながってゆくことは明らかだ。

日本再建イニシアティブのプロジェクトに参画した本書の執筆陣は、日本の成功も失敗も見てきた世代といえる。エスタブリッシュメントでありながら既存の考え方に挑戦してきた面々だが、彼らがたどり着く結論は、数々の戦略ミスにもかかわらず日本はまだまだましな場所にいるのかもしれないということだ。

本書が示唆するとおり、今後反転攻勢に出ないかぎり、さらに多くのものを日本は失っていくだろう。社会心理としての「満たされた衰退」は、いまの日本を象徴する言葉である。だが、満たされたままで衰退が完成するわけではない。いま若い世代の大半が年老いてゆくとき、日本に最大多数のせめてもの幸福は残されるのだろうか。

日本の再出発を妨げている一番の障壁は、部分最適ばかりを追求し、全体最適を図る戦略家をことごとく排除してきたこの国の文化なのかもしれない。本書は問題発掘に成功した。今後は全体を全体のままで解くために、そこから戦略的な意味合いを抽出する作業が求められている。

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