ホンダはものごとの本質を本当に真面目に議論する会社です。それがときに世の中の常識と必ずしも一致しなくても、常識にまどわされず、本質論はどこにあるのかを突き詰める。ホンダジェットも小型ビジネスジェット機の目指す本質はどこにあるのか、しっかり見すえたからこそ、担当者たちは業界の常識を打ち破り、修羅場を乗り越えたのでしょう。

その本質を見抜く力はどうすれば身につくのか。修羅場体験のような困難な経験に加え、もう1つ大切なのは、人間としての基本的な生き方ではないかと私は思います。それは活字を通して、深い教養として培うこともできます。


「大学の勉強など役に立たない」と私に話した先輩はこう続けました。「会社に入ってからの生活は40年も続く。毎日1時間でいいから勉強しろ。本を読め。活字を通して学ぶことも重要だ」と。

私は歴史ものが大好きで、特に司馬太郎さんの著書は読みふけりました。ページをめくりながら、私が意識して行ったのは、単に活字を追うだけでなく、自分なりにイマジネーションを働かせながら読むことでした。例えば、日露戦争を舞台にした『坂の上の雲』です。

旅順攻略を指揮した乃木希典大将はなぜ失敗を繰り返したのか。連合艦隊の作戦参謀を務めた秋山真之は天才的頭脳を持ちながら、旅順港に向かうロシア艦隊が対馬海峡を通るか、津軽ないしは宗谷海峡を突破するか決められなかった。対照的に腹をすえて針路を読んだ東郷平八郎元帥との違いはどこにあるのか。活字の中に入り込んでイマジネーションを働かせることで、人間の基本にかかわることを自分なりに学んだものです。

本田宗一郎も、技術屋は技術を究めるが、原点は人であり、何のために技術を使うのか、哲学を持たなければいけないと繰り返し語りました。現場での修羅場体験を通して働く知恵を学び、同時に教養的な世界を深めて、人間としての生き方の基本をしっかりと持つ。

「源流強化」。社長就任以来、私は一貫してこの言葉を掲げました。ホンダ流の学び方を継承し、進化させていく。それが、常に革新を目指しながら、「夢」を追い求めるホンダのトップに課せられた第一の役割だと肝に銘じています。

(勝見 明=構成 的野弘路=撮影)