日本資本主義の父と呼ばれる渋沢栄一は、実業界に転じる前、大蔵官僚として大久保利通や西郷隆盛を補佐していた。渋沢によると、2人の人柄は対照的だ。

「大久保卿はたしかに偉人であるが、権威主義的で、人から過ちを指摘されても認めることがない」

このような意味のことを書き残している。部下に対して高圧的で、意見をしても非を認めることのなかった大久保を渋沢は好きになれなかったようだ。

では西郷はどうか。

「そうでごわすか。それはぜひ、私も教えを請いたい」

間違いに気がつくと、素直に頭を下げたという。西郷が意識してやっていたとは思えないが、大久保よりも明らかに人心収攬に長けている。渋沢もこれには心をとろかされた。

「大久保さんは器であった。しかし西郷さんは『器ならざる』人物だった」

後になって、こう懐かしがった。

失敗したときは小さな自尊心を捨てて率直、謙虚に頭を垂れることだ。それも西郷とは違って、意識的かつクールにやらなければならない。優秀なロシア語同時通訳としても知られたエッセイストの米原万里は、その点、みごとな対応ぶりをみせている。

代表作『不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か』のなかに誤訳が含まれていることを指摘された米原は、次のような文章で始まる礼状を書き送った。

「お手紙ありがとうございます。心から感謝し、感激の気持ちでいっぱいです」

ていねいに礼を述べ、反省したうえで、改訂版では指摘された部分を差し替えたいと申し出た。

このやり取りは文庫版の巻末に掲載されているが、誤訳を指摘した人はもちろん、一般の読者も米原の誠実な人柄に魅了されたに違いない。ファン層はそれまで以上に広がったはずである。